ハレアカラの赤い砂



■1998年3月9日(月) 旅立ち、そしてドタバタ

慣れたつもりの手から水がこぼれた。
出発の時間に間があることから、成田市内の大型スーパーマーケットに入る。
旅行中手に入りにくい「和菓子」やら、
私のためのテンセルのジャケットを衝動買いしたりして暗くなった空港への道を走る。

いつもの駐車場に車を預けて・・・と、考えているうちに、通り過ぎてしまったらしい。
いつの間にか空港ゲートではないか。
お巡りさんに、パスポートを提示して空港内に入ってしまったのである。
「れれれ!いけねえ!」
携帯電話から駐車場に「空港引き取りサービスはありませんか?」
「人手が無いし、まだ時間があるので戻ってきて・・・」
止むなくUターンして、さらに反対車線に無理矢理UターンしてN駐車場へ到着。
車を預けてマイクロバスであらためて空港へ。「やれやれ!」なのである。

空港のレストランで生ビールで一息入れ、出獄ならぬ出国手続きを無事に終え、
ノースウエスト0022便エコノミー席に座ったのである。

懐かしいホノルル空港は快晴の青空。
やはり春とはいえまだ寒い日本に比べるとハワイは常夏のリゾートである。
入国手続きを終え、乗り継ぎのアロハ航空カウンターを目指す。
結構遠いではないか、国際線と違って国内便の乗り継ぎは不便であると感じる頃、
やっとこアロハ航空のカウンターを見つける。

さあ、いよいよマウイ島への旅である。・・・・・むむむ!何だって?
マウイ島のメイン飛行場のカフルイへはアロハ航空の出番なのだが、
今回の目的地ウエストマウイ空港への便は「アイランドエアー社のコミュータなのよ!」と、
親切にも手取り足取り500メートル先のカウンターを教えてくれたのである。
幸い時間はたっぷり有る。
えっちらおっちら!階段を昇り下りし、広い横断歩道を渡り、
輝く太陽に照らされて空港施設の端っこの「アイランドエアー社カウンター」に到着。
までには、何人かの空港スタッフのおっさん等にあっちだ!こっちだ!と聞きながら
やっとこチェックインしたのであった。

トイレで顔などを洗ってさっぱりする。
がらがらの待合室はショップも閉まっている、どうやら、飛行機が遅れているらしい。
チェックインカウンターにかみさんを派遣し交渉していただく。
「前の便に空席があったら早くできない?」「OK!空きがあるからできるぜ!」
「荷物の積み替えも大丈夫でしょうね?」「もちろん!まかせておけ!」





「言ってみるもんだね」「これで1時間近く早く着けるね」・・・
ブルブル!とプロペラを回しつつ、バスのようなコミュータは空を飛ぶ。
操縦席には機長と機関士の2名。
機内のにはスチュワーデス1名。席はどこでも空いているところへどうぞ!。
そこの1番前の席は非常時には手伝って貰うからそのつもりで、 「いいとも」。

機内サービスのフルーツゼリーなどをいただくうちに、
パイナップル畑の真ん中のウエストマウイ空港(カパルア・エアポート)にちょこんと着陸したのであった。

さてと、荷物の到着を待つ。10人足らずの乗客の荷物が運ばれてくる。
ゴルフバッグは見つかって引き取る。
サムソナイトがナイト!しゃれている場合ではないのだ。
うーみゅ!どーやら、1個だけ積み替えて肝心の「宝物」を忘れたらしい。
ゴルフバッグなら後から取りに来てもいいのだが、
「宝の箱」が無いことにはホテルにチェックインしてもしょうがない。

結局、次ぎの便をボンヤリ待つことになったのである。
空は青い。空港の向こうは海である。モロカイ島が美しく海から立ち上がっている。
星条旗とハワイ州旗が青空に美しくはためく。風が優しい。
ふらふらと歩いてみても、無愛想なパイナップル畑と海だけなのである。
平和なボンヤリこそがリゾートの極みである・・・・・が、腹立たしい!
日本人は怒ってしまうのである。

そのうえ、遅れているのだ。
到着案内のディスプレイは、遅れようとどうしようと常に、ON TIME.なのである。
ああ!悲しいリゾートなのである。

そうこうしているうちに、やってきました空飛ぶバス!
「宝箱」も無事に到着した。なぜか愛おしい気持ちになるのであった。
シャトルコーチを呼んでホテルに向かう。
白亜のリゾート、花と緑に包まれたカパルアベイホテルの客になったのである。

さてさて、取りあえず部屋でシャワーでも浴びてリゾートしなくっちゃ!と無事に部屋に入ったのである。
なかなか結構な部屋である。
海側ではないが椰子の木が立ち並ぶ芝生の向こうの山並みが美しい。
風もさやかに尾の長い小鳥が群れ飛んでいる。

ポーター君がゴルフバッグを運んでくれたのは良いのだが、またしてもサムソナイトが来ない!
風呂に入っても着替えが出来ないではないか・・・苛々することしばし!
やっとこガラガラと運んできたのである。
さてさて、道具立てはそろった。
チェストの引き出しの分捕り合戦が暗黙のうちに始まるが、
使いやすい上段の引き出しを奥様に譲のが私の流儀である。
常備薬やら電子機器などもそれぞれの居場所に納まっていただく。

シャワーも浴びた。腹も減った。空は青い。風も甘い。
かみさんはTシャツ、私はアロハに着替え外に出る。芝生の踏み心地が足の裏に優しい。
プールサイドのレストランのテーブルに座る。
「ホノルルから来たのかい」「いいや、JAPANからだよ」
「OH!私はフィリッピン出身なのよ」訳の解らない会話なれど、
ビールとイカのリング揚げなんかでランチとする。
しかしアメリカはパンが不味い。天気もいいし「まっ、良いか!」と許してしまう。

雀だって日本と違ってテーブルの上まで餌をねだりに来るのだ。
まぶしい太陽の下で食事を済ませる。
明日からのリゾート計画をしっかりと確定しなくてはならぬ。A型夫婦は半端は許されないのだ。

コンセルジュに助けて貰うことにし、デスクにおもむく。
コンセルジュにはHarumiさんという、日本人かな?日系人かな?いや、
多分日本人の女性がにこやかに対応してくれる。
我々の希望やら、日本で予約してきたゴルフやホエールウオッチングのスケジュールを
見比べててきぱきと手配してくれる。

「明日は取りあえずハレアカラ山で馬に乗ったらどう?希望のラバはスケジュールが合わないわね」
「ハレアカラまではタクシーしか交通が無いのよ、値段が高いから免許証を持っているならばレンタカーがいいわね」
「パジェットレンタカーが予約できたわ、小さい車でいいわね」
「ホエールウオッチングもOK,確認できたわ」
「ゴルフもOK!」
「ルアウはオールドスタイルが希望ね!」

てきぱき、じゃんじゃん!電話を掛けまくり、商売とはいえ大したもんである。
「OK! 全部希望どうり予約できたわ、エンジョイして下さい」
「時間がないから早速レンタカーを取りに行って!タクシーを呼ぶわ」
・・・レンタカーを取りにタクシーで出かける。妙ではあるが仕方がないのである。

パジェット営業所カウンターで手続きをする。
国際免許証を取っていないが、日本の免許証でOKなんである。
キーを渡され車に乗る、日本名はトヨタ・カムリ。左ハンドルは初体験。
駐車場から道路に出る、右折の合図をとレバーを操作!!!
いきなりワイパーが作動する・・・・んんん! いかん!レバーも左右逆であったか。
外車の運転経験が無いことをこんなところで露呈するとは。とほほ!である。

なんとか右折し、アクセルを踏む。すっげえ加速性能だ、日本のカムリとは別人である。
右側通行のハイウエイをいきなり走るなんて、恐ろしい体験だ。
対向車が左側を飛んで来る感覚がかなり怖い。
が、なんとかホテルまで約10キロメートルほど走り着いた・・・ほっ!

駐車場は玄関前でOKとHarumiさんが言っていた・・・と、
ホテルのボーイが何ぞ騒いでいる「ハンディキャッパー?」おお、そーか。ここは身体障害者用駐車場か!
OK!OK!理解了解退きますよ。と、一般来客用の駐車場に移動するのであった。
「疲れた!」

晩飯はホテル内最高級のベイクラブ。
あとで気づいたのだが、ベイコースゴルフ場のレストランなのであった。
脱皮蟹やら海老やらの新鮮な魚貝を中心にオーダーし、いつものように飲み食う。
が、やたらと味付けがしょっぱい!日本人の新婚グループのパーティがちょっとうるさい。
嬉しいんだろうね!といっている矢先に、各テーブルにケーキなどをふるまい始めたのであった。
おめでとう!・・・いつまで持つのだろうか?
お嫁さんの実家は北海道とか、頑張りなさい道産子!と、心の中でつぶやいたのであった。


■1998年3月10日(火)ハレアカラ登山始末記
 
午前5時起床。マウイ島最高峰ハレアカラ山3000メートルへの登山である。
ここ、カパルアからハレアカラまでタクシーを使うと片道で100ドル以上かかる、
「日本で運転している人ならレンタカーがお得よ」と、
コンセルジュのHARUMIさんにそそのかされてバジェットレンタカーを予約し
昨夜のうちに米国版トヨタカムリをホテルの駐車場にほうり込んだのである。
ついでに、ハレアカラ山火口を馬にまたがってのツアーも予約してしまったのである。

もちろん、アメリカで運転したことはない。馬のそばに近寄ったことも無い。
成り行きとは怖いものである。
9時半サミットパーキング待ち合わせ、に間に合う為には6時半には出発する必要がある。
朝飯は食っている時間がない。
それならピクニックランチを頼んで現地で食おうではないかとオーダーしたのである。
5時半約束通りにピクニックランチが届けられた、身支度も出来た、決行するのみである。

TOYOTAマークのナンバー HAWAII MDT701 の、エンジンをスタートする。
昨日ホテルまで運ぶときには、
方向指示機を操作したつもりがワイパーが作動して慌ててしまったが今朝は大丈夫。
駐車場をスタートするが、おっと出口が反対だ。
Uターンし、ハイウエイに向かうが明け方の広いホテルの敷地内で方向を失ってしまう。
多分大丈夫だろうが念のため、作業中のガーディナーに道を尋ねる。

ハレアカラはそこを右に曲がって2時間・・・、解ったわかった!その、曲がるところが知りたかったんだ。
親切なおじさんたちに手を振って、ハイウエイに出る。
走り、走る。まあ、なんとかこの位のスピードならば、45マイル:70キロ位の感じかな。
とバックミラーを覗くとぴったり付かれている。
ちょいとスピードアップして走るが、左側を走る対向車が気になって80キロ以上は出したくない。
まあ、制限速度が35〜45マイルという標識に従っておこう、ということにしたのである。

初めてアメリカを走る。そうなのだ、ここはハワイということはアメリカ合衆国なのである。
地図をチェックしながら腰に緊張が走る。
マウイ島唯一のトンネルも通過した、主要な交差点を右左折しついにハレアカラ国立公園への山道に至る。
月見草の咲く道は日本の山岳観光道路より広く、カーブも緩やかなところが救いであるがガードレールが無い。
よそ見をしていると谷底行きである。

時折、頂上から自転車でのダウンヒルグループが団子状態ですっ飛んでくる。
「う!みゅみゅみゅ!」危ない!のである。

日本の車だと、2速あるいは3速にシフトダウンすべきところを、
Dレンジでぐいぐい登っていくこのエンジンは、本当に日本車なのかと疑ってしまいたくなる。
ほとんど風景が変わらない単調な登りに飽きてきた頃、どうやら頂上到着である。

雲海の広がる頂上。10,000フィート。
360度の景観が素晴らしい。
3,000メートルを超える山頂に自動車で登ってしまうところがアメリカだ。
駐車場の傍らで持参の朝食とする。
でっかいポットのコーヒー。ターキーとツナのサンドイッチ・・・でかい。そして果物。
ヨーロッパとは違うアメリカ的風味は正直言って不味い!が、
晴れ渡るハレアカラの風と太陽に勝る風味は無い。

約束の時間だが、馬が現れない。「サミットパーキング」とはここではないのか?
どうやら100メートルほど眼下の大駐車場が待ち合わせの場所らしい。
慌てて山頂駐車場から下り馬が繋がれている場所に向かう。

Ponny Express Tours と、
ロゴの入った大型トラックの近くに5頭の馬そしてカウボーイスタイルのツアーガイドが佇んでいる。
どうやらこれが我々のグループらしい。
そこへ私たちよりやや年配のカップルが登場しツアー成立となったようだ。
名前やら予約チケットのチェック。
アメリカ人夫婦は乗馬経験有り、ミシガンから来たロン&ナンシー。
どこかで聞いたことがあると、後で気づいたのだが元大統領レーガン夫妻と同名なのである。

ミスター・ユリトラ、ウマニノッタコトアルカ?(英語です)
「ノー!西部劇で見たことはある」!!!!!
「それじゃー、その馬に乗って最後についてこい!」

?????
登山でも何でもビギナーはリーダの次について最後はサブリーダと決まっているではないか!
それを最後について来いとは・・・遅れようが、谷底に落ちようが知らん!と、いうーことか?
不自由な英語で疑心暗鬼のまま、ままよ!えい!とばかりに鐙に足を掛け鞍にまたがる。

右折は右の手綱を、左折は左の手綱を引け。
止めるときは両手で手綱を引け。走らせるときは腹を蹴れ。
馬に舐められると道草を食うから蹴飛ばせ。
「そんじゃまあ、レッツゴー!」というわけで、火山の大荒原をクレーターに向かって下り始める。

練習も糞もない、いきなりのOJT。
馬上生活も草原と違って火山のゴロゴロのガレ場である。
平地と違って細い山道下り坂、乗り心地が良いわけが無い。
馬の一歩一歩のひずめの衝撃が直接鞍から尻に伝わる感じだ。
こうしてみると、自動車のシートは実に良く出来ている。
騎馬民族が発明しただけあって、この不具合をしっかりと解決しているのであるな!などと感心しつつ馬を進める。
自動車の運転より簡単なのは、道の具合を馬があらかじめ判断しているからであろう。
自動車もこのぐらいになれば楽ちんだわい!・・・馬上ではアイディアと妄想が景色を眺める眼に錯綜する。
雄大な風景の中を馬で進むのも良いのだが、なにせ再後尾・・・
火山灰のもうもうたる砂塵が風向きによってはすさまじい。
つまり・・・後塵をまともに拝しているのである。

砂漠の中に美しい銀剣草の群落が広がる。
見たかった!感激である。
ガイド君がしゃべり続ける「ナショナルパークだぞ、トレールから外れるな!」
「銀剣草を移動しただけで懲役だ!」「銀剣草を採ったら、縛り首だぞ!」
国立公園などの自然保護に対する感覚は確かに日本より厳しく意識も高い。
500メートルほど先を行く徒歩のトレッカーがコースを外れたのを見つけて、
ガイド君が大声で叫ぶ!「そっちに入っては駄目だぞー!戻って来ーい!」
彼らが戻るのを見届けるまで先に進もうとはしないのである。

突然、前を行くカミさんの馬が放尿、放屁、放便・・・異様なガスが眼を刺す。
私の馬君も「バフ!ッババフ!」と鼻を鳴らして抗議する・・・聞くわけが無いのである。

火口壁を馬と共にどうやら下降し、銀剣草の平原をさらに下るとほぼどん底の火口原だろうか、
馬を降りてひと休みランチタイムだ。おっと!降りた途端に膝が崩れそうになる。
いかん!ウイークポイントの右膝に疲れが溜ったのか?悪い予感が走る。
ガイド君手製とか言うサンドイッチとコーヒーにかぶりつく。
腹が減れば馬でも食える!とは良く言ったものだ。
やたらと甘いジュースや食後にクッキーはどうだとすすめてくるが、彼のような太い腹にはなりたくない。

しばし休憩の後出発だ。
ハレアカラ火山の赤い火口壁と赤い砂が青い空に映える。
帰路はガイド君の次の2番手である。砂塵の襲撃が少ない分快適さが高まる。
下り道より登りのほうが馬は大変だが乗っているほうは楽ちんだ、
馬にも慣れたし多少の操作もまあまあ可能となった。
その矢先に、ガイド君が馬を走らせるではないか。
これは、馬のリズムと自分の尻のリズムを合わせるのがむずかしい。
西部劇スタイルが楽なのか?英国式正統派乗馬スタイルが楽なのか?試してはみるが、
どっちもまともに出来るわけが無い。何しろ生まれて初めての体験なのである。

どちらにしろ、鐙と両足と尻のタイミングの問題なのだ。
ふむふむ、足の筋肉の使い方も重要な要素であるらしい・・・腹筋と背筋と・・・
首と頭と・・・手首から・・・結局、全身のバネが・・・
馬の背中で飛び上がりながら理屈をこねても仕方の無い話なのだが、
本人にとっては大変な問題なのである。

そうこうしているうちに徒歩の観光客が増えてくる。
赤い砂のトレールをパカパカならぬバフバフと埃を巻き上げつつ並足で進む。
やれやれ出発地点は終点である。

生まれて初めての山岳乗馬旅行体験は終わった。よっこらせ!と馬を降りる。

えっ!なんだ!思わず右足が崩れる。
膝が大笑いして真っすぐに立てない。数回屈伸を繰り返し、がくがく膝をリハビリする。
どうにかOK!やれやれ、である。
別れの挨拶を交わし我慢していたトイレタイム、埃まみれの荷物を整理し自動車に乗り込む。
さてさて、長い帰り道のスタートを切る。

登ってきた1万フィート(3000メートル)を一気に下る山道である。
カーブの連続にブレーキを! うおっと!・・・右膝が・・・右膝に力が入らない・・・
ブレーキが踏めない・・・谷底に落ちる!
ガードレールのない山岳道路である・・・困った。

ギアをもう一段シフトダウン・・エンジンブレーキが効き過ぎる・・・
仕方ない・・・シフトアップ・・・カーブ・・ブレーキ・・膝がガクガク・・・
困った・・・余っている 左足を使ってみる。
OKだ!都合の良いことに見通しは良い。

アクセルとブレーキを使い分けるには左足は不器用だ。
アクセルをあきらめてゆっくり走ろう。
シフトアップ!エンジンブレーキの効きは良くないがフットブレーキを間欠的に使っていくべい!
雄大なハレアカラの山並みと遠く太平洋の青い海が広がる。
前にも後ろにも車は殆どいない・・・眠くなる・・・膝の次は眠気との戦いか・・
隣のカミさんはすでに眠っている・・・ああ!・・・ひたすら山を降りる。

どうにか山を降りた。
あとは、ハイウエイをホテルまで突っ走るだけだ。
ブレーキもたまに出くわす交差点と信号だけである。休ませた右膝もなんとかなりそうである。

黄昏の海岸沿いのハイウエイ。気持ちは良いのだが、左側を突っ走る対向車が気になって仕方ない。
どーしても右側にハンドルが逃げる。路側帯との仕切りの道路鋲をどーしても踏んでしまうのだ。
ぶばばばば・・・ブババババ・・・路側帯を歩く人もいないので勘弁して貰おう。
ブブバババ・・・ぶばばばば・・・と、右端を時折、鋲を踏んづけながら、
後ろの車にあおられつつ帰ったのである。

予定より遅れてしまった。
バジェットレンタカー閉店!ぎょっ!帰りかけているスタッフにお願いして返却手続き。
タクシー手配などを済ませる。
やれやれ・・・到着したタクシーに乗り込む。

☆★☆!★☆★☆!★☆★☆★☆!★☆★??????????XYZXYZXYZ

GAGIIIN!っと頭のてっぺんから顎に衝撃が走って、火花がバチバチと飛び交う。
と、同時にガッキーーーーン!!!と思いだしたような痛みが脳天に突き刺さる。

頭を抱えて路上に倒れた私を見つめているベトナム人の運転手が「ダイジョブカ?」と日本語で語る。
・・・・・うーーーみゅ!「不覚であった」キャップを被っていたのが不幸中の幸いか?
 
どーやら出血はしていない。そっと頭を振ってみる。首も外れていないようだ。
「ワン・ツー・スリー・フォー・ファイブ・シックス・セブン!」
自分でカウウントしながら立ち上がる。
「エイト!」で、両拳を構えファイテングポーズをとる。

「OK!OK!」ベトナム人運転手にこの洒落は通じたらしいが・・・
半ば軽蔑しているような眼の光もあったのだ。
本気で心配してくれるほど酷いぶつけ方だったのである。

日本のタクシーと違って車がセダンではなくステップバンなのだ。
乗り込む勢いでドアの上部にしたたか頭頂をぶっつけたのである。
 
「また馬鹿になってしまった!」つぶやく私に、
カミさんの全面的侮蔑・軽蔑の眼差しにずきずきと痛みが広がるのである。

ホテルに戻ると軽蔑を愛情に置き換えて、
甲斐甲斐しくもてきぱきと氷で冷やしたタオルで頭頂を冷やすカミさんは優しい。
いやまて、マウイくんだりで連れ合いが狂ってしまっては帰り道も面倒だと睨んだか?
そんなことはあるまい、素直に頭頂からしたたる氷水を舐めながら痛みを堪えたのであった。

こぶ頭をかかえつつの晩飯は、ホテル敷地内のシーフードレストラン&スシバー
SANSEI」に入店。
特大の奴豆腐、海老ミソサラダの海老はプリプリで感動モノ、
マヒマヒ・グリル、カントリーサラダ・バルサミコ、
SUSHI(マグロ、イカ、ウニ、エビ、トビコ、カニ)、
そして冷たいビールでおいしかったのである。
ご飯もおいしいマウイ・トロピカルに乾杯なのである。


■1998年3月11日(水)ラハイナは今日も晴れ

夜明けだ。
潮騒のうねるようなどよめきをバックに鶏が時を告げている鳴き声が遠くに聞こえる。
空が白み始めるとともに小鳥がさえずりが聞こえてくる。
その音色が様々にまじり合い羽音が聞こえてくる頃、空は群青に変わってくるのだ。

風を感じながら朝のベランダでなごむひととき。
このマウイが一番好きだ、月並みだが、南海の楽園。

朝食は庭に面したレストランで明るい海を見ながらのビュッフェ。
まず皿にマクワ瓜的さっぱり味のメロンやマンゴ、パイン、苺などを山盛りにしてソーセージ、
ポテト、スクランブルエッグを添える。
スチームドライスにバターをのせて海苔と味噌汁もいただく。
ソイソースをお願いすると「アロハショーユ」という銘柄である。
味も成分も醤油とは似て非なるものではあるが、まあいいか。
トロピカルジャパンにコーヒーを添えて朝食を終える。海は青い。

昼過ぎ、迎えの車にのってラハイナへ。
再びのホエールウオッチング、鯨見物である。
前回来たときには、大型船だったため鯨に近づけなかった。
日本で読んだ「ビーパル」の情報を元に、大型ゴムボートでのリトライとしたのだ。

マウイ・ヌイ・エクスプローラ社の桟橋が見つからない・・・
そこら辺の桟橋で聞いてみるのだが???どうやら業界の異端児らしい。

ずらりならんだ鯨見物船桟橋の端っこにパンフレットのボートを発見し無事乗船した。
出発!バフン、バフバフ!・・・高速ゴムボートは船底を波にぶっつけつつ、ぶっ飛ぶ。
さすがに早い!早い!一気に、ウオッチングポイントであるラナイ島付近に直行する。

鯨・鯨・鯨・・・・・ジャンプ!ターン!ダイビング!・・・
波しぶきがかかるほど近づいて観たい・・・
どうにか、50〜100メートル付近で見られたことを良しとせねばなるまい。
数十回ほどの鯨影を拝めたのだ、その上前回より近さと回数において勝っていた。

ボートから下船する桟橋に縞猫クンが鎮座している。ネコ好きのカミさんがすかさず抱き上げる。
とりあえずおとなしく抱かれたネコを写真に撮る。
デブの外人さんたちが「あんたも好きねえ!」といった顔つきで通り過ぎようとするが、
幅があり過ぎて通れないのだ。
・・・異様な気配?にネコも逃げる一幕であった。

ラハイナの街を散策する。
2度目ともなると、やたらTシャツを買い込んだりする気もない。
ゆったりと街歩きを楽しむのもリゾートの良さか。

ラハイナの海は限りなく青く風はさやか。
そして、ラハイナは今日も晴れ。

たそかれのホテルのベランダで小説家を気取る。
オランダ産ビールと持参した塩昆布そしてリンゴ。
夕陽の海、さざ波のきらめき、風。
椰子の葉が風に揺れて波の音を伝える。

時は流れるでもなしに漂うひとときのやすらぎ。





■3月12日(木) ゴルフ三昧スタート

今回の旅の目的は、前回出来なかった(まだやっていなかった)ゴルフプレイ。
今日からホテルに隣接する3コースのゴルフ場を全制覇するのだ。
プロトーナメント開催コースを含む、三日間連続プレイなのである。
初日はビレッジコース8時スタート。
日本のゴルフ場に比べるとこじんまりしたクラブハウスだ。
旅行のため一つのバッグに二人分のクラブを入れてきたのだが、
それに気づいたスタッフがキャディバッグを一つ貸してくれる。
ありがたい心遣いだ。

「遅れないようにプレイしてくれ!」キャディマスターの注意を合図にカートをスタートさせた。

朝もやのまだ晴れぬティーグラウンド。
前の組みは見えないが、そろそろ良いだろう。
とりあえず真ん中狙いでティーショット。ナイスショット!のつもりがトップしてナイスゴロー。
100ヤード転がってのスタートである。
カミさんはフェアウエイ・センターにグッショット。
いつもどおりのダッファーぶりを遺憾無く発揮しつつのプレイである。

電動カートは、日本と違ってやたらとスピードが出る。
おまけにコース内を自由に走行できるのがありがたい。
ゴルフだけでなく、ゴーカートまで楽しめてしまうのだ。
日本のゴルフ場のようにカート道だけの走行に制限されていると、
人間が走り回らなくてはならないのだが、これは便利だ。
フェアウエイだろうがラフだろうがどこにでも行けちゃうのは素晴らしい。

前々と前の組みのジーサンたちがやや遅い。
プレイの進行はスタート前に注意されただけでなく、
コース内をマーシャルがぐるぐる回ってチェックしているところが偉い!

ドライバーも快音を発して当たり出した!
しかし・・・腹の具合が・・・少々変だ。
前がつまっているのに、こっちの腹は下り気味のようだ。
うーみゅ!やむを得ないが、待ち時間を活用しよう。幸い、林の中である。
向こう側はパイナップル畑・・・カミサマが無いので、サザビーのスポーツタオルをマウイに進呈しよう。
パイナップル畑では作業員の働く姿も遠くに見える。
何時の日かこのタオルが奪い合われることがあるかもしれない。

さっぱりと気分良く再びティーショット!
遥かに見える青い海がまぶしい。

最終ホールもドライバーが絶好調!ど真ん中への飛んでいったのだが・・・
後がいけない!ビッグダッファーの称号を得てしまったのである。
結果は百獣の王として恥ずかしくない成績となったのである。

ホテルに戻りシャワーで汗を流し、カパルア・ホエラーズビレッジに出かける。
鯨博物館と有名ブランドショップのミックスタウンとでもいおうか。
すでにブランドに興味を失った夫婦はグッチやシャネルより「鯨」そのものの興味しかない。
鯨骨に細密彫刻を施した置物が素晴らしい。書斎のインテリアに欲しいではないか。
素晴らしいだけに、少々・・・大分、値が張る。
思い切って、手が届く値段の、小さなヤツを買ってしまったのであった。
今夜の食事はビンボーにせざるを得ないのである。


■3月13日(金) いかさまサム登場

ゴルフプレイ2日目は、プランテーションコース、7時40分スタート。
コースに到着すると、2サム予約であったが他の客と組んで欲しいとのことでOKする。
一人はストローハットの紳士ミスター、サム。
NASA関係の仕事をしているとか。日本にも何度か行ったことがあるとかないとか。
もう一人は若いスポーツマンタイプのブリック君コベルコ社勤務とか。

本日も快晴の青空にそよ風が心地好い。
ブリック君はぶんぶん振り回して長打をかっとばす。
どこに飛んだかはさだかではないが、やたらと距離は出ている。
それぞれが、やりたいようにプレイを続ける。

おや?ミスター、サムの様子が変である。
2打目、3打目・・・6インチリプレースどころか、
アイアンの先っぽで1メートル近くボールを移動させているではないか。
まあ、いいか!それぞれが楽しみたいように楽しむ。それが、アメリカ。
目くじら立てることもないだろう。その証拠に、ブリック君も知らん顔である。

7番ホールは海を見下ろす雄大な風景に向かっての、465ヤード、パー4。
ティーショットは、やや右目ながらフェアウエイに飛んでいった。
約半分、230ヤードは飛んだろう!2打目を良い気分でショット!・・・・スライス
・・・しまった!谷底に吸い込まれるように・・・OB。

3打目、慎重にショット!・・・どーして・・・同じ方向に・・ああ!OB。

ミスターサムの、いかさま行為は堂々と続く。
打ちやすいところにボールを移動すればOBなんかにならんぜ!と言わんばかりである。
うーみゅ!大人だ。

やれやれの最終ホールもトリプルボギーで良いところなし。
本日も百獣の王の面目を保ったのであった。

「カミさんがレストランで待っている。俺にビールをおごらせてくれ!」
いかさまサムの申し出を快く受けて、ビアジョッキで乾杯。
ツマミもなにも無いところがアメリカ的飲み方だろう。
ご馳走になって気分良く握手で別れる。
いかさまサムの60インチリプレースは、日本で覚えたのかも知れないね。
広い国土のアメリカでは、6インチが60インチに変化してもおかしくないだろう。
そんな結論を我らは出したのであった。

ホテルに戻りひと休み。今夜は予約したルアウショー見物である。
「見るなら伝統的なルアウね」ハルミさんの意見も聞いて、
オールドラハイナルアウにしたのである。
たそがれのラハイナの浜辺でハワイアンミュージック&ダンスを見ながら
豚の丸焼きなどのディナーを食し飲むのである。

16時出発。ホテル玄関でベルボーイにタクシーを頼む。
ベルボーイと話しをしていた東南アジア系の男が「俺のタクシーを使ってくれ」と近寄ってくる。
当然、普通のタクシーであろうと乗り込む。
やたら、愛想良く話しかけてくるのが変だ・・・自分は、ベトナム出身でタクシー会社を経営している。
つまり、社長である。親切が趣味である・・・いいとも、いいとも、帰りもこの車を使ってくれ。
呼べば直ぐ来る親切モットー!。
荷物は預かるから手ぶらで行ったらどうか?・・・その手は桑名の焼き蛤・・
怪しいタクシー?運転手と話している間にラハイナ到着。

俺は親切なんだ、金はいいってことよ・・・何もかも怪しい運転手は消えていったのであった。

オールドルアウ会場の座席指定はまずまずの場所。どうやら、日本人は我々夫婦だけのようだ。
お隣や、お向かいの席は、我々より年配のアメリカ人とイギリス人のご夫婦。
お互いに自己紹介などしつつ世間話などする・・・この辺が私には辛いところである。

小柄で物静かなイギリス人夫妻の奥方はどうやら冒険小説の大ファンらしい。
私がフォレスターやジャック・ヒギンズの小説がが好きだ!と語ったら、
ウイルパー・スミスは好きか?と、切り返してきた。
「もちろん!」なのであるが、幼児的英語力では、その先の会話につながらない。
この瞬間だけはいつも英語を学ぶ気になるのだが・・・瞬間で終わるのである。

ニューヨーク在住のアメリカ人ご夫妻はその後何度もあちこちで出会うことになったが、
明るくて人なつっこいナイスカップル。
元気印100パーセントのご婦人は英文学の先生とか、
とにかく空きっ腹が我慢できないタイプなのだがアメリカ人には珍しく甘いモノ嫌い。
暗くなるまでキャップを脱がなかったご亭主は・・・お見事な超ハゲであった!

たそがれの浜辺の夕映えに歓声が上がる・・・
むむっ!鯨だ!夕焼けをバックに二度三度・・・四度・・鯨が波を突き上げてジャンプする。
波飛沫が夕陽にきらめく。
そして、ショーが始まった。

イギリス人のおっさんは飲兵衛亭主。
生ビールのジョッキをお代わりする都度皆の分まで運んでくれる。国際友好条約に乾杯だ。
ネイティブハワイアンの音楽と踊りと暗くなった浜辺に松明の炎が揺れる。
メインイベントの豚の蒸し焼きのオープンである。
焼き石をどけて、砂を掘り返し椰子の葉に包まれた子豚を掘り出す。
湯気の立ち上る子豚を切り分けてバイキング的料理テーブルに並べる。

順番に、順番に・・・・群がる胃袋は構っていられない・・・国際友好条約は取りあえず破棄された。
落ち着いて食ってみると余り旨いものではない。なにせ豚そのものナチュラル味付けなしなのである。
中華焼き豚、ドイツの塩豚は旨いんだが・・・
せめてキッコーマンでもあれば、などと思いつつ生ビールをぐびる!
お代わりをお持ちしましょう!国際友好条約再締結。歌と踊りを楽しみましょう。なのである。

オールドラハイナルアウは正しい本物ハワイアン。だから、全てが素朴な味わいなのである。
決してショービジネスのポリネシアン・ショーのような美女を揃えてはいないのだ・・・
椰子の葉に風がささやく浜辺に妙に煙臭い豚の余韻が口の中に残る。
南十字星の星影にルアウは終わった。

さて、ホテルに戻ろう。
かなり怪しいが、いざとなったらなんとかしよう!覚悟を決めて?彼に電話をかける。
来たときと同じように、愛想を振りまき現れた。
道は間違っていないホテルに向かっている。
やれやれ・・・親切なほら話に生活の匂いが混じる・・おやおや?程なくホテル到着。
「君の親切に感謝する!ありがとう!」・・・・・

「あのー実は・・・この料金表が正規料金で・・・タクシーより安くなっています
・・・さらに値引きして・・この辺でお願いしたい・・・」
怪しいタクシーは、ただの「白タク」だったのである。
こんな体験も外国では冒険になってしまう。いやはや体験であった。





■3月14日(土) マリガン万歳!

ゴルフプレイ最終日。ベイコース、7時20分スタート。
勇んでコースに到着、このコースこそマウイ再来の理由であったのだ。
人生最初の海外旅行の地がハワイ。
このマウイでもあったのだ、その時泊まったのが今回泊まっているベイホテルのとなり、
リッツカールトン・カパルア。
部屋の真下にゴルフコースが広がっていたのである。
当時、ゴルフを楽しんでいなかった我らは、考えてみると不幸であったのだ。
残念ながら今回は、リッツカールトンは満員で泊まれなかったのだが、雪辱戦なのである。

本日もクロッグマン夫妻と組んでのプレイとなった。
奥様は始めたばかりということで、まったくのヘボだが気にしない。
1番ホール、パー5をダブルボギーでスタートもいつものとおり。
3番176ヤード、パー3が懐かしのホテルの中庭。
見上げる部屋のどこかに泊まったはずなのだが記憶はアバウトだ。
残念ながら、ここも3パットでダブルボギー。ああ!

ティーショットをミスしたミスター・クロッグマンが叫ぶ!「マリガン!」みゅむむむ!
堂々と打ち直しするフロッグマン氏を見つつ思い出した。
「マリガン!」と宣言すればティーショットの打ち直しができる。
というルールが存在することは、ゴルフ作家・夏坂 健さんのエッセイで読んだことがあるが・・・
あれはスタートホールに限ってのことではなかったか?

まあ、いいか。楽しむために人生はある。
おまけにここはリゾート、目くじら立てることはない。
マリガンだろうが、60インチ・リプレースだろうが、許すも許さないもないのだ。

ベイコース最大の山場(いや海場か?)は、5番ホール海越えの154ヤード。
白い波しぶきの海を越えてのショットは、やはり緊張する。
びしっ!と決めたはずのショットはグリーンを左に外してラフに落ちる。
ラフからの脱出に失敗して3オン1パットでボギーとしてしまった。

その後も彼はマリガンを交えつつプレーする。
ええい!ままよ、我らもマリガンを真似よう!
失敗したらやり直せば良いのだ!気楽な気分でプレーを続けて、
フェアウエイセンターに大蛇のごとく縦にうねって伸びるクリークというより黄河か揚子江、
はたまたナイル河を持つ16番345ヤード、パー4。
ティーショットをマリガンなしで左側の狭いフェアウエイに落とし3オン2パットでボギー。
なんとか、丁度100点でマウイ・ツアーの幕を閉じたのであった。
これも数度のマリガンのおかげか?いやはや楽しんだのである。

ランチの後の最後の午後、明るい太陽輝くカパルアの海が青い。
ホテルのプライベートビーチに水着に着替えて出陣する。
ハワイに来て海に入らないのもなんだな!日焼けの皮膚ガンも怖いがしっかりガードして入ってみるか。
波打ち際のちょっと先が岩礁地帯となって浪が白く泡立っている。
泳ぎやすそうとは言えないが、ちゃぽちゃぽ遊んでいる分には問題はないだろう・・・と、
身体を海に投げ出す。

一かき、二かき・・・久しぶりの海水の感覚が、五感を刺激する。
近眼でよく見えないが海中を極彩色の魚達が群れ遊んでいるではないか・・・・!
こんなところでもトロピカルフィッシュがいるんだ!これはもったいない、儲けもの!
それで、シュノーケルなんぞを貸し出ししているわけか!了解、了解!よく解った!

早速、シュノーケルとフィンのセットを借り受ける。
「使ったことがない!」「怖い!」「いやだ!」・・・「誰でも始めは初めて!」
「臆病に事故なし!」手をつないだり、肩に掴まらせたり・・・ぽちゃぽちゃと近場で、
フィッシュウオッチングを楽しむ。
砂浜からほんの数メートル先の水深2〜3mあたりにも、黄色いエンゼルフィッシュや・・・
いわゆる熱帯魚。ブダイのような青黒くでっかいヤツ。
鯵的体型で透明感のある肌色をした素早いヤツや、ハコフグなどが、
うじゃうじゃと潮の流れに泳いでいるのである。

これもまた楽しきリゾートであると、小一時間の海中生活を過ごしたのであった。
冷えた身体に熱く焼けた砂が心地よい。
まるで青春の海岸、憧れのハワイ航路的感覚であるのだが、
悲しいかな寝そべった眼に見えるのはでかい腹越しの青い海なのであった。

椰子の葉陰に満月が輝くトロピカルナイト。
潮風がアロハシャツの胸元に涼しく戯れる。
たっぷり、しっかり、遊んだ、マウイ最後の夜なのだ。
いつの日か・・・いや、三度来ることはないかもしれないね。
出来たら、人生の最後はこんなところで暮らしたいもんだと酔った頭で考えていたのであった。


■3月15日(日) 円い虹よ永遠に

日本に帰る朝である。
ルームサービスの朝食は15分遅れで到着した。
目玉焼きの黄身の色がやや薄い。コーンが餌なのかコーンに近い色である。
ベルボーイを呼んでチェックアウト。
フロントでチェックイン時に届け出たVISAカードが限度額オーバーで使えない!
他のカードは持っていないか?とのクエスチョン・・・れれれ!そーか、
通常カードの利用限度額が30万円であった・・・ホテル宿泊、レストラン、ホテル売店、
ゴルフなどのアクティヴィティ、全部まとめてしまった結果なんだ、と、どっきりしたのであった。
幸い、MASTERゴールドカードを持っていたのでOKとなったのだが、危ないところであった。
マウイくんだりで皿洗いをする羽目になったのではたまらない!

最初からゴールドカードを使えばいいのに・・・
そんな眼の光をフロントウーマンに見たような気がしたのであった。

ホテル玄関で昨日の海岸、一昨日のルアウで同席したジム夫妻とばったり遭遇。
元気印の奥方は相変わらず、しゃきしゃきのアメリカ人、
「これから教会に行くのよ」とシャトルの窓から手を振りながら別れたのである。
そう言えば今日は日曜日。リゾートにあっても敬虔なクリスチャンであるのだ。

シャトルで空港に向かう途中にわか雨となる。
別れの涙雨か・・・2回のマウイ旅行中初めての雨だ、シャトルのドライバー君とお天気の話になる。
「ラハイナはいつも晴れなんでしょう」
「亭主は前回のハワイ紀行を書いたときのタイトルを(ラハイナはいつも晴れ)としたのよ」
「Oh!彼は小説家か?」「うんにゃ!歴としたアマチュアよ」・・・
そうこうしているうちに、ウエストマウイ空港に到着。

雨も上がった。今度こそトラブルが無いように祈りつつチェックインする。
途端に、チェックイン・カウンターに大きな熊ん蜂が飛び込んで大騒ぎ!やれやれ!

飛行機の待ち時間をぶらぶらする。
雨が止んで半分雲のかかった、ラナイ島のあたりに大きな虹である。
地上付近から左側天に向かって、1/4円の見事なレインボーだ。
カナダのアルゴンキンでも虹を見た。吉兆の虹なのである。

なんと、ほぼ定刻に、アイランドエア社双発ターボ・プロペラ機DHC-8-Hは滑走を始めた。
「ぶんぶんぶん!蜂が飛ぶ!」
まさしく、そんな感じで、エンジン音がぶんぶんと周期的に唸りながら飛んでいくのである。
雲の中から雲の上に舞い上がる。
「見て!あの虹!」カミさんの声に、窓外の眼下を見下ろすと、
真っ白な雲の上に十字型の機影を囲んだ真円状の虹が見えるのである。

まん丸い虹に十字架・・・・・他の誰も気づいていない不思議な神秘的な風景。

祈りたくなるような美しさであった。

やがて雲が切れて青い海原、虹も十字架も消えた。
群青の静かな海原を、ブンブンと双発機は行くのであった。
八日間の卒業記念旅行は終わり、新たな人生の旅立ち。
常に夢と感動の旅でありたい。
旅につきもののトラブルもなんとか解決することが人生なんだね。
今回も、いろんな人達と出会い、そして助けていただいた。

「進路を変更しなければ、そのまま向かっているところに到達するだろう」中国古諺

大きく舵を切った人生に困難があれば、舵を切り直せばいい。
日本に向かって飛ぶ、ジャンボジェット機の機中でウイスキーが回りだしたのであった。