季節の旅(十月)

孫との出会いは楽しいものだが、日本のあちこちに分散してしまった家族となるといつでも会えるというわけにはいかない。残念ながらそれが現実だ。

南の果てから娘夫婦と孫が東京に出てくるというチャンスがあって、ならばこちらからも出かけようということになった。ついでにという考え方も悪くない、と勝手に解釈して、旧友との再会と楽しい宴もセットしよう。
 それも一組だけでなく複数あったらなお楽しい。

キャンピングカーを東京の製造元駐車場にお願いして、そこを東京生活の基地とする。
つまりホテル代わりに活用するのだ。数日を東京で過ごし、戦災にあわなかった下町・
谷中を散策して銭湯に入ってから宴に臨んだことも大人の遊び方か。

二人の娘と三人の孫と出会い語らい、語れぬ孫にほおずりをしてこぼれる笑顔に心を癒された。
 そして、別れと新たな旅立ちは青森に向かう北への道だ。

 最後の友人との出会いは栃木県大田原市付近、温泉でのんびり近況などを語りつつ夜に備える。
 那珂川にかかる鮎の梁で塩焼きの鮎を頬ばり、夏の暑さが消えぬ今は例年なら落ちる鮎が落ちてこないと漁師の言葉も悲しげだ。
 翌朝のゴルフを気にしつつ酒も肴も制することも難しい。ましてや、翌日のゴルフプレイは結果を制することもままならず、終わってみればいつもの実力。ああ!

 福島から白河の関を越えてみちのく路、そういえば松島にはまだ立ち寄ってなかった。と、松島に向かう。
 瑞巌寺近辺の賑わいは大型観光バスからはき出された同年代の観光客であふれている。
 少し離れた公営駐車場に車を止めて、雄島なる小島を散策し松島湾の風景を楽しんだ。
 芭蕉の見た心象の風景と重なるのであるか否かわかりはしないが、浮かばぬ一句に芭蕉の悩みもあの句になったのか。「松島やああ松島や松島や」

 松島から三陸の海沿いを北上して気仙沼。魚市場で大島産殻付き牡蛎を買い求めさらに一泊。
 青森を出発して十一日目、ナナカマドの実が赤く色づく街に出迎えをうけた。