ラハイナは今日も晴れ


■1993年12月22日オアフ島上陸、マウイ島へ

早朝のホノルル空港である。
入国審査の行列から解放され、大時代的お決まりのレイサ−ビスやらムウムウ嬢との記念撮影も、
一連のスケジュ−ル消化の流れに沿って進行していく。
マウイ島への乗継ぎ便、アロハ航空ゲ−トへの道すがらカンナに似た赤い花が咲いているのだ。

「何という名前の花かなぁ?」「△■○ジンジャ−よ」
JTB現地係員の人員バケツリレ−の合間に聞いてみたが、よく聞き取れない。
顔は日本人だが、日系のアメリカ人ということなのか・・・と納得する。

△■○ジンジャ−の赤い花はまるでカンナだが、葉の匂いはミョウガを思わせる香りである。

ハワイ小春 空青くして 冬カンナ

寝不足の眼にハワイの日差しが厳しく突き刺さる。
ホノルルからジェットを乗継ぎして到着した、マウイ島のカフルイ空港は昼さなかなのである。
それにしても昨夜は酷かった。快適な夜間飛行をシ−バスリ−ガルとともに味わいつつ夢みていたのだが、
突如轟く赤子の叫び!に機内騒然・あゝやれやれ状況が発生したのだった。
なんと、そのまま朝まで馬鹿親・馬鹿子のデュオと、つられて泣く子のトリオの、
難民船的状況が何時間続いたのだろうか。
そうか、「耳栓」が海外旅行グッズにあったわけはこれなのか!
買わないものは手元にないのである。

JTB職員の、手渡し的引継が続き、空港からバスでホテルへ向かうのである。
途中、トロピカルプランテ−ションでのオリエンテ−ションとウェルカムランチなどで愚図愚図するのは、
ホテルのチェックイン・タイム待ちなのである。
ランチはバイキングスタイル。和洋南洋混ぜこぜのメニュ−から、皿盛り、器盛りして席につく。
ここはすでに外国。
移民一世の食の記憶がトロピカルな食材との出会いを一期一会として新しい食文化を生み出しているんだね。
ふむふむ、などと感じつつ食べるのであった。
豆腐、味噌汁は懐かしい田舎の風味が新鮮。
葱の緑は噛めば堅く歯ごたえし、なぜかソ−メンが妙な味わいで旨いのだ。
野菜は総じて野生的に自己主張し、軟弱な胃腸には強固に抵抗する構えを見せている。
トロピカルフル−ツは、あれれ!と思うほどにあっさりと、壮快に、甘くなく、手もかけていない。
パインの芯なども取っていないのである。
チキンはチキンにして鶏にあらず。パンは噛みしめればうまみ増すブレッドなのである。

食後の空き時間は土産物屋を覗くしかない。
すでに、強烈な日差しにさらされた頭頂対策もせねばならぬ。
服装も、そろそろ、らしくせねばならぬ。と、私はキャップ&Tシャツ。
かみさんもバンダナキャップとTシャツを購入し、上半身だけリゾ−ト的に変身したのであった。

透明な風が木陰に心地よく、おぢさん&をばさんにも白と原色が映えるのだ。
「私はリゾ−トしているんだかんね!」「仕事などは身体ぢゅうどこを捜しても出てこないのだ」
「ここには楽しみの風だけが吹いているのです」と、
いつものように、ショ−ジ君+椎名誠&立松和平もどきの脳内状況に早くもなっているのであった。

さて、集合の刻限になりJTB差し向けのバスに乗車する。
この時この後、必ず「オクレ」が発生するのはなぜだろうか?
すでに日本人の几帳面さなどという美徳は、失われし遺物であったことをたっぷりと味わうことになるのであった。
JTB現地係員の人捜しも終え、映画俳優にしてもおかしくない美男の白人運転手と
日本語が定かでない三世ガイドの引率によるホテル配達便はスタ−トしたのである。

マウイ島中央部から西側海岸線ハイウェイを快調にバスは走る。
すれ違う、大型トラックのボンネットスタイルがまさしく異国アメリカの風景である。
「みぎみてくださぁい。このうみには、くじ〜ら、うぉ−えるがいっぱいいまぁす。
わかぁりますか。しろいなみは、みんな、くじ〜らよ!!」

???。なんとも左右を取り違えたガイドの珍妙なじゃぱに−ずも、
まぁ、いいか!ハワイだもんね、許せる、許せる。
「さいしょのホテルは、うぉりっつかぁるとn ふた−り? いる?」
なんと、われわれ夫婦のことである。
頭の中が「リッツ・カ−ルトン」と日本語で書かれていることから、
正しい英語の音に、私はついていけないのであった。すでに「あゝ無情」なのである。

長いエントランスをとおり、バスはリッツ・カ−ルトンホテルに横付けする。
ボ−イがすかさず荷物を運び去る・・・ととと!チップ、チップも渡すタイミングなどないではないか。
「いらっしゃいませ!百合虎さま」正確な日本語を話すマネ−ジャ君のお迎えである。
高そうなアロハの似合う好男子、日系3世か4世か。
ホテル内の設備やら何やらのガイダンスとチェックイン。
フロントではいきなり、カ−ドのチェック。
アメリカはカ−ド社会、クレジットカ−ドが身分証明書ということが本当だと実感する(ゴ−ルドで良かった!)。

マネ−ジャ君にホエ−ルウォッチングの状況やら手配をお願いして、いざ部屋へ。
おぉ!超、ゴ−カな部屋である。かぐわしい香りは、さりげなく置かれた美しいレイの発する香りである。
窓を開ければ青い空。なんと、目の前がグリ−ンではないか。
手入れの行き届いたゴルフ場が庭なのである、グリ−ンの中に教会(異国的だなぁ)。
そして海が青く波は白い。
窓際には、椰子の葉が揺らぎ、羽と尾に白いル−プを纏う小鳥が飛び交うのである。

「ついに、ハワイに来てしまったのだ!」万感の想いが、オトーサンの胸をうつのであった。

まずは、昨夜の難民船的不眠不快状況からの回避作戦開始である。
トイレ、入浴、髭剃り、パンツの洗濯、と、一連の身体健全化活動によって快適充電、
むふふパワ−が漲ってくるのであった。

さわやかな風の国にいて、じっとしている手はない。
風体はいまだ日本的アンチリゾ−トではあるが外に出よう。

緑の芝生をこえてプライベ−トビ−チへ。
泳ぐにはちょいと涼しいし水着の調達もいまだである。
黄昏かけた海辺は人影も少なく、ゴミもなく、ただ自然である。

ドリンクショップのバ−テンダ−はメキシコ系の人懐っこい顔立ちである。
「飲物を一杯やりたいが」
「何にします、旦那!」
「そうだな、KAPALUA−TSUNAMIとやら&MIXJUICEをくれぃ」
「ところで、いくらかな」
「ははは、つくってみないとわからんね。
ジュ−スはありったけのメニィメニィミックスでどうだい」
「いいとも!」
てなわけで、ラム酒がじゃぶじゃぶメニィの「カパルア津波」と
ベタ甘「やたら混ぜこぜミックスジュ−ス」に10$75¢を費やしたのである。

椰子の木陰のベンチで青く澄んだ海を眺めつつトロピカルな酒を飲む。
「今夜は何を食うかねぇ」などと色気の無い会話の夫婦旅なのである。

砂糖的ベタベタになった手を洗うべく、芝生の散水ホ−スから水を出し手を洗う。
我ながら、よく気が付くわい。
などと思いつつ用の済んだホ−スを芝生に投げ返した途端に「水の大逆襲!」
いきなり地面からのシャワ−アップに上半身ずぶ濡れの、濡れ豚になってしまったのである。

落下の衝撃でハンドル部水栓コックがスイッチオンとなったのであった。
「あぁ!」

惨めに眼を落しながら坂道を登りつつ帰る。
妻の軽蔑的眼差しが後頭部にちくちくと突き刺さる。

「ハ−イ。乗っていかない!」なんと構内電気自動車から美女スタッフの優しい声と笑顔である。
うれしいではないか、乗ってきましょう!お願いしましょう!なのである。
「*@§☆★○●◎◇◆□■△▲▽▼※・・・・・・」    ?

美女スタッフとかみさんが語り合っているのであるが、?なのである。
濡れたお腹が冷たいのである。
濡れて張り付いた、Tシャツにうつるへその穴が極めて馬鹿的風景なのであった。

部屋に戻る。メインダイニング「グリル」の予約をし、バスロ−ブをまといテラスで黄昏を楽しむ。
疲れと、ラム酒のカクテルが、うとうととやわらかい眠りを誘う。
空が、青から蒼へそして群青から深夜青へとたそかれるさなかを、
西の空を夕映えが赤く紅く血色に染めていく。
教会の建物がライトアップされ、ロマンチックサンセットなのである。

ポロシャツにブル−のコットンジャケットでなんとか最低限のドレスアップ?でレストランヘ。
廊下ですれ違う客同士でも、にっこり微笑み声を掛け合う。
「ハロ−」「グッドイブニング」・・・
積極的コミュニケ−ションが生活の基本なんだね、この国では。
少し疲れるかもしれないが、素敵な習慣であるのだ。

ほの暗い間接照明にジャズピアノのライブが雰囲気である。
「ミスタ&ミセス yuritora?」 「イエス」 で、テ−ブルに。
・・よくわかるねぇ、たぶん今夜の客に、日本人は我々だけなのだね・・・

椅子の高さは、まぁまぁなのだが、テ−ブルがやや高い。体格の差なのだねぇ。

係のウェ−トレス嬢とメニュ−を選ぶ。優しく親切、CS100パ−セントである。
AHIは鮪で、MAHIMAHIはシイラ。
シェフはフランス料理に中華風なアクセントをつけるのが得意。
料理の付け合せにクレソンなんかが、たっぷりつくからサラダを別に取らない方がいいですわ。
もちろん、大きな海老もハワイのお奨めよ。
一品毎の親身な説明に、ついつい、真剣勝負!になっているのであった。

そうなんだ!ウェ−トレスはシェフの片腕。
お客と料理人のインタフェ−ス・プロセッサなんだったんだねぇ。
メニュ−選びからが食事の楽しみであることを教えていただいたのである。

料理に合うワインも選びたい。
これまた、知的な紳士ソムリエの登場である。
「ワインを楽しむため、あなたのアドバイスを受けたい」
「わかりました。食事をエンジョイしていただくお手伝いが私の仕事です」

ウェイトレスから注文の料理を聞く。客の好みを聞く。
「フル−ティで軽やか、それでいてボディに張りがある、
辛口。オ−ドブルからデザ−トまで楽しめて、すっきりとした酸味が素敵な逸品がありますが、
いかがですか?」

「フレンチとカルフォルニアどちらにも、いいものがありますが、
ここの風にはカルフォルニアがいいでしょう」
「では、あなたのアドバイスどうり、それでいきましょう!」「OK!」となったのである。

ハワイの魚を中心とした、コ−スに舌鼓を打つ。
シェフのサ−ビスの小皿一品、絶妙のポテトチップスにトマトの小片と刻みノリ。
生マグロのオ−ドブル、ガ−リック風味のドレッシングにこれまた絶妙な塩づかい。
う〜〜〜みゅ、うまい!
ス−プはコンソメ、きくらげ入り。パンも噛みしめると旨さがにじみでる。
海老のてんぷら風、多すぎずたっぷりと添えられたクレソンや茄子も仕事がされている。
メインのマヒマヒ、アクアクも香草の焦がし風味が繊細で味わい深い。
時折、中華食材「八角」の香りが鼻の奥に抜ける。
中華指向のフランス料理、もしかすると、キッコ−マンも使っているかもしれない味の深みだ。

ハワイの技師(わざし)である。
ワインも最高!「純米大吟醸・山廃仕込」名水仕立て超金印も真っ青の味わいである。
男前のインテリジェン度120のソムリエ氏が様子を見にやってくる。
「どうです、ワインはエンジョイしていただいていますか?」
「最高!大統領の気分ですよ。ありがとう、いいワインです!」
「それは、よかった。私はそのためにいるのですよ!」
決して、キザにならない自信に満ちた言葉が好ましい。

いつの間にか、オ−プンな空間でつながるクラブから、女性シンガ−のジャズボ−カルが聞こえてくる。
いい雰囲気だ。
邪魔にならないタイミングで、ボ−イが水を注いでいく。
アメリカは階級社会だ。決して仕事の枠組みを超えないさせないユニオン社会である。
全部平らげ、デザ−トはパッションフル−ツ盛り合わせ。
アイスクリ−ムとコナコ−ヒ−。
楽しく素敵な時間がゆったりと流れ、そして止まった。

ミス.ウェ−トレスがかみさんにシェフ特製のチョコレ−トをプレゼントしたいと申し出ているらしい。
「いま、食べられないので部屋に持っていっていいかしら」
「ぜひ、そうして下さい、包んで来ます」

「心からのもてなし」をうけたね。
幸福の腹いっぱい!ほのかな酔い心地が長い廊下を幸せの虹の橋にする。

彼女に、なにかお返しがしたい。
そうだ、成田のス−パ−で買ってきた「米屋の和菓子」が、丁度3個あった。
かみさん、につき合って部屋からレストランに戻る。

「日本のお菓子を受け取ってちょうだい」
「あなたとシェフとソムリエに一つづつ」
「おぉ!サンキュ−!・・・・」
少しばかりの国際親善になったであろうか。女性二人の写真を撮ってお別れする。

夜の庭は、傘をかぶった半月と星である。
庭木にはクリスマス・イルミネ−ションが美しくきらめいている。
そうだ、明後日はクリスマスイブなのだ。
ロマンティックな南国の夜は、ただ静かに、静かなのだ。

きわめて寝心地のよいベッドは、夢すらも奪い取って強制睡眠させてくれたのだ。


■12月23日 マウイ島ラハイナでの鯨見物

ブシュブシュブシュ・・・・という異様な音に目覚める。午前2時45分だ。
窓の外から聞こえてくる音を確かめるためテラスにでる。
空にはでっかい月が出ている。
窓下のゴルフコ−スの芝生に人がうごめいている。ブシュブシュ音はその関係らしい。
なんと、芝生への散水作業をしているではないか。
深夜に働く人々は、ホテルのサ−ビスマネジメントを支えている人々なのであろうか。

頑張って欲しい。ブシュブシュも許そう。
朝一番のゴルファ−が濡れた芝で滑ることの無いように、深夜の作業をしているのであろう。

ふたたびの目覚めは午前4時。喉が乾いている、ワインのせいだけではない感じだ。
やはり日本に較べると空気が乾燥している。
お茶、氷水、トイレ。
「梅すっきり」をしゃぶりながら、昨日を思い返しヘミングウェイする。
きわめて軽く小さいワ−プロが欲しいな、こんな時にあったらいいな。と考える。

午前6時30分。いまだ太陽の昇らない満点の星空は冬至なのである。
小鳥が鳴き始め、空が群青色にグラデ−ションしつつある。
夜明けだ。

腹の虫がグウ!と鳴る。健康だ。
朝食は、ややカジュアルなイタリアンレストランへ行ってみる。
ウェイタ−&ウェイトレスはアロハにショ−トパンツ。
白いスニ−カ−にくるぶしまでのショ−トソックスが軽快だ。

ジャパニ−ズスタイルもあるが、アメリカンスタイルを選ぶ。
ジュ−スはグァバ。スチ−ムドライスに目玉焼、焼きソ−セ−ジ2本が皿に乗っている。
ト−スト&バタ−にコナコ−ヒ−。ご飯は野菜の扱いなのであるがまずい。
ソイソ−スがあるので、しからば半熟目玉焼にソイソ−スをかけてぐじゃぐじゃに崩しスチ−ムドライスに混ぜる。
卵掛けご飯のコンセプトで、まぁ、いける。

隣のテ−ブルの外人客が、なにやらフル−ツを皿に盛って行ったり来たりしているのを、かみさんは眼聡く発見する。
ウェイトレスと、「あれはなに?」「ビュッフェスタイルの取り放題よ、なんなら変更してもかまわんよ」
「それでは、そうしよう!」てな話でビュッフェバ−に突撃である。
追加の食事は、したたかに頑固な刻み葱入り豆腐は旨いミソス−プ。
福神漬け。スイカ、マンゴ、パパイヤ、パイナップル、緑メロン、桃メロンとパッションフル−ツの山盛りである。

フル−ツはどれも日本のように甘くない。
極めて野生的な堅さと酸味がほのかな甘さを引立てて、かえって新鮮な味わいである。
う〜〜〜みゅ。日本の果物は改良し過ぎなのかねぇ、このほうが自然で味わい深いねぇ。
などと語らいつつ、平らげていくのであった。
食後のコ−ヒ−は例によって地元のコナコ−ヒ−。
こればっかりは、ジャパニ−ズ・ネスカフェのほうがましだねぇ、なのである。

日系混血ウェ−トレスやアメリカ本土食いつめ的多民族ウェ−タ−が、
結構きびきびと立ち働いている、ように見えるのであるが。
頼まれた仕事のアンサ−が早い奴と極めて遅い奴が存在するのである。
かなり年輩のボ−イも居るのである。
一生涯一ボ−イなのであろうな、大変だな、などと考えつつ冷めかけたコ−ヒ−をすするのであった。

昨夜、ホテルのショップで購入した、ショ−トパンツにはきかえる。
靴はまだであるが、徐々にリゾ−ト変身しつつ、ホエ−ルウォッチングに出発である。

ホテルの玄関前から、タクシ−を頼む。玄関の梁にクリスマス・リ−スが飾ってある。
その中央に、なんと瓢箪的お飾りが鎮座している。
ボ−イ君にクエスチョン「あれは、なんですか!」
「あれは、楽器につかう植物さ」「ハワイのリ−スには必ず付けるのですか?」
「いいえ、そんなことはありません」てなこと言っているあいだに、タクシ−の到来である。

ボ−イ君にチップを進呈し乗車する。
タクシ−は、テラノ風RVタイプ。カパルア・キャブ&ツア−社、8号車である。
いかにも気さくな運転手といったタイプであるが、
これまた本土から女性問題で逃げだした的雰囲気をもつ中?老年男である。
 
「カパルアは雲が出て風が強いが、ラハイナでの鯨見物は大丈夫かねぇ?」
「な−に、心配することはねえって!」
「ラハイナはいつも晴れって決まってんのさ!」
 
「ハワイのサンタクロ−スは水上スキ−に乗って来るって聞いたが、」
「本当かい?」
「うんにゃ、サ−フボ−ドさ。それを鯨8頭で曵いてくるんだ。」
「運が良ければ、今日見られるぜ!」

「ココナッツミルクが呑める店を知りません?」
「1軒だけあるぜ、通り道だから教えてやろう。帰りもその辺から電話をくれれば迎えに来るぜ。
俺の名前は、ディブ。ユニット8と言ってくれ」
少々、荒っぽい運転であったが、約10マイル、チップ込みで23$。
日本より安い運賃で、風もない晴天のラハイナに到着したのである。

「ほら、言ったとうりだろ。
ラハイナはいつも晴れだって!」と怪しい運転手は去っていったのである。

ラハイナはキャプテン・クックの停泊地、かつての捕鯨基地でもある。
日差しは明るく、青空が広がっている。
メインストリ−トの両側にみやげ物ショップが連なっているが、日本の観光地とはやや趣が違う。
風がきらめきつつ、南国的な軽やかさを演出しているかのようである。
そうだ、街並の色彩も随分違っているのだ。

ラハイナ・ハ−バ−、3番桟橋。「鯨見物、ラハイナ・プリンセス号はこちらよ」
などの看板を目当てに、予約をチェックする。
料金一人$31を支払い、出発時間まで隣接する浮かぶ鯨博物館。
ブリック型機帆捕鯨船CARTHAGINIANNUを見学する。
$31に含まれているだけあって、実物以外の何物でもないところがいい。
キャッチャ−ボ−トのキャビンの狭さ。
狭いベッドにラム酒を抱えた船員の模型が横たわり、臭く、暑苦しい室内を想像するに忍びない。

海洋冒険小説の1ペ−ジではあるが、やはり小説の世界だけにしておきたい。

さて、集合の刻限11時15分である。
「ちゃんと並んで待っててくれ」などとスピ−カ−が鳴っているようだ。
ハ−レ−ダビッドソンのズドズドというエンジン音に振り返ると、
ちょいデブの姐ちゃんがバイクを降りて船に乗り込んでいく。
出航準備完了、さぁ、乗った、乗った!の合図でぞろぞろと乗り込み、最上階のデッキに陣取る。
出航である。舵輪を握るのは、なんとハ−レ−ちょいデブ姐ちゃんではないか。
船のスタッフ兼ガイドの兄ちゃんが、鯨百般のうんちくを語りだす。
ポイントに到着するも鯨不明の不在証明の時が過ぎる。
ラハイナ沖の海は波靜にひねもすのたりなのである。

さらに、沖合いに移動する。ガイドの兄さんのうんちくは尽きる事なく、しゃべり続ける。
突如!客のおっさんが叫ぶ「9時の方向、500フィ−ト!」
うぉ−っ!と全員総立ちの視野争い。いたぞ鯨だ、黒い尾鰭が反転して海に消える。
しばらくして、また現れる。海に黒い背中がぬめりと光り、ぶしゅ−−−っと潮を吹き上げる。
海中に消えた、かと思う間もなく、頭から空中に飛び出す。
水しぶきが船上に襲いかかる!・・ほど、・・・近ければ・・・いいな。

時折、遠くに現れては、ウォッチャ−おっさんをして叫ばせるのだ。
「10時だ!700ふぃぃ−−ト!」

春の海 突き破りたり 鯨起つ
観鯨船 水煙遥かに 沸き立てり
海洋々 ラハイナ晴れて 鯨歌

幸せそうなおっさんやおばさんに混じって、
仏頂面の日本人ギャル達が数組そっぽを向いてボンヤリとしているのが印象的であった。
「馬鹿め!、しょんべんして寝てしまえ!」紳士の私をして、思わず心の中で叫んでしまうのであった。
「さぁさ、時間ですので帰りますよ」船は進路を替え、ラハイナの港を目指す。
「鯨の歌声のテ−プはいらないか?」「これから聞かせるから、欲しい人は買ってちょうだい」
ガイドは物売りに変身するのである。
「くぅ−−−くっ! ギヨ−ッツ グギィ!」もとより、鯨語は理解できない。
空も海も青い。ラハイナは陽気に晴れている。
宣伝旗を引き下げて青い空をセスナが飛んでいく、「T−シャツファクトリ−50%OFF」

「鯨見物のシ−ズンは始まったばかり、1〜2月が本格的だぜ。
その頃になると海中、鯨だらけで船が走れないこともあるんだ・・・」ほら吹きガイドに見送られて下船する。
ランチはコリアンレストランで冷麺&辛味麺。「こんなもんかね」である。

食後、ラハイナの街を散歩しつつ、アロハ、ムウムウ、Tシャツ、スニ−カ−、
サンダル、水着などを買いまくる。
原色的買物に脳神経がスパ−クし、「さぁ、さぁ、さぁあ!」とリゾ−トファッションが本格化するのである。
なかなか、見つからない靴屋さんが最後になったが、親切な韓国人夫婦の店であった。
頭の先から足元までバッチリ決めた二人は、胸を張って大股に、さっそうとかっぽするのであった。
ラハイナの空は晴れ渡っているのである。

街中を磨かれたクラシックカ−が走る。歩行者優先の行き届いた心遣いがうれしい。
信号も、標識も、横断歩道の表示も、ほとんど「いい加減」な状況にあっても、
弱者保護のマインドが染み込んでいるんだろうね。
う−−ん、怪我をさせたら保証が大変なのかもなぁ。
それにしても良いことであるなぁ、などと語らいつつリゾ−トするのであった。
ディブの大将に教えて貰った店でかみさんはココナッツを買い、開けた穴からストロ−でジュ−スを召し上がる。
おいしさが顔中に溢れている。幸せで美しくあっていただければいいのである。

電話でカパルアキャブのディブに迎えを頼む。
ほどなく現れたタクシ−に乗りカパルアに戻る。
「首尾はどうだった」「べりぃないす」「うまいレストランはあそこさ」
「今度いってみよう」「ふむふむ」などと語らいつつホテルに戻ったのである。
カパルアは風の土地、海は三角波に白い兎が飛んでいるのであった。

ホテルのプ−ルに行ってみよう。原色水着の二人は突撃である。
しかし、プ−ルの水は冷たい。ぶるるなのであるが、ジャグジ−付きなのだ。
カパルア温泉露天風呂的ジャグジ−に入る。バブルジェットが心地よい。
「しかし、なんだね。プ−ル的お風呂に水着でじっとしているのは、なんか間抜けではないかい」
「座れる深さではないし、立てば肩が寒いし、中腰の入浴は疲れるのぉ!」
やや、馬鹿馬鹿しい心地から言葉少なに部屋に戻る二人なのであった。

今夜のディナ−は、イタリアンレストランへ。
大枚79ドルをはたいた、かみさんの、背中にドレ−プが入ったムウムウ姿は結構素敵だ。
付け足しの私も同系色のアロハでお出ましである。
昨夜に較べるとカジュアルな雰囲気で食事を選ぶ。
日系のウェイトレスはマネ−ジャ氏から到着を聞いていたが挨拶が遅れて済みません、
などと恐縮気味である。

ハワイの魚介に、今夜は牛肉も試してみよう。
ワインも選ぼう、と・・・ここには専門のソムリエはいないのである。
ボ−イ長的係の者がお出ましで、あれこれ選ぼうとするがスキルがさほど高くない。
「まぁ、一般的なカルフォルニアにしましょう」で折り合いを付ける。
日本人の家族連れがうるさく声高にわめいている。
当然、子供のしつけはなっていない。「あぁ!」なのである。

食事の段になって、ナイフとフォ−クが足りないことに気づき、担当のウェイタ−に申し出る。
「彼はわかっているのかなぁ、その辺の兄ちゃんのバイトではないのかいな」と話しているうちに、
おどおどと再登場である。
「誠に申し訳ございません、平にご容赦いただきたく陳謝申し上げます、奥様、旦那様」
てな感じのフォ−マル標準詫び用語集第1巻に基づいてデニ−ズするのであった。
一生懸命サ−ブしていただいたのであるが、「まぁ、なんだね」・・・
肉をなまじ「照り焼き」にしたのは失敗だったな。
半端に妥協してはいけないのである。

夜の庭は昨夜にまして美しい。
クリスマスイルミネ−ションに飾られた樹木と、水中からライトアップされたプ−ルの水の青さがロマンチックである。
南国の夜は静かに更けていくのだ。


■12月24日 マウイ島からオアフ島へ。「メリー・カリキマカ」

早朝の爽やかな空気の中を、ゴルファ−が静かにプレイしている。
結構、年輩の夫婦がごく自然に楽しんでいる様子が好ましい。
ベランダの手摺りにもたれてぼんやり彼らを眺めているのも飽きないものだ。
次回は私達ものんびりとプレイしたいね、こんな雰囲気ならゴルフも素敵だろうね。
人生のお楽しみはまだまだ山ほどあるんだねぇ。と、口に出さずに会話する朝なのだ。
ジャパニ−ズスタイルの朝食は、一見日本風中身異次元驚きの味わい。
といった代物であったが、不思議体験肯定派としては「おもしろい!」と、捉えることにした。

私たちにとっては、高級リゾ−トホテルであったリッツカ−ルトン・カパルアに別れの朝である。
チェックアウトしカ−ドで精算する。
なんと、予想外の驚きは感動のメインレストランでのディナ−と、
わいがやイタリアンディナ−がほぼ同額であったことである。
なんという感動的事実であろうか。
質よりも人手?なのか、基準点を一定と見ているのか。
不思議な事実ではあるが、「遠慮せずにエンジョイしないと損しちゃう」ということなのであろう。

JTBのお迎えバスが来るまでの間、付近を散歩する。
従業員用の駐車場であろうか、駐車中の車を見物する。日本車も含めて、概して古い車が多い。
その中でも一際目についた、ボディに穴の開いたボロ車を発見し近くば寄ってみる。
マツダである。
色はすでに定かではない、もしかすると真っ赤なボディであったのか?
シ−トのラバ−フォ−ムもはみ出しているではないか。
フロントグリルは、おおっ!なんたるこっちゃ。
すでに錆落ちて欠落したところを、椰子の葉をむしろ状にに編んで覆ってあるではないか。
突如「ハ−イ!俺の車だ、いいだろ!」と、持ち主の兄さんが登場した。

「1983年製だ、メ−タを見てくれ。13万マイル走っているんだ」
「まだまだ、エンジンは快調さ、いい車だよ」
「写真を1枚撮っていいかい!」
「いいとも、男前に撮ってくれ!」
「サンキュ−!」「じゃぁな!」
エンジンの音も軽やかに?ガタピシと走り去るのであった。

旅行前に買い換えのため手放した、10年間10万3千キロ乗った愛車デリカ婆さんも、
あれに較べればまだまだ若かったな。
も少し乗ってやっても良かったかな、と、反省してしまったオトーサンなのであった。

JTB差し向けのバスに乗り込む。運転手は高見山関の叔父さんといってもおかしくない、ネイティブだ。
声までかすれてそっくりである。
「荷物はこんだけかい?じゃぁ行くぜ」
大型バスに、とりあえず我々二人を乗せて出発である。
途中、ホテル毎に客を拾いながらカフルイ空港まで運ぶのが彼の契約である。
荷物の送付書的オ−ダ−をチェックしながら運転である。
よって、我々の名前はなく単に「大人2人」なのである。

マウイ島の気候やら産物などの世間話を聞きながらバスは走る。
高見山関はサ−ビス満点である。
次なるホテルで数組の日本人が乗車する。
どうやら、数が2つ程足りないらしい、が慌てる風もなくバスに巨体をあずける関取なのである。
我々が、イライラし始める頃若いカップルが息を切らせて走って来たのである。
顔面蒼白、眼がつり上がり、地獄の鬼に追いかけられた風情で飛び込むように乗車する。

関取は何事もなかったかのように発車するのであった。
その後、カフルイ空港までの30分。空港からホノルル空港までのアロハ航空の機内でも、
地獄からの脱出者二人の「ケヘッツ!ゲヘッツ!ヒッヒ!ケヘッツ」という咳込みが続くのであった。
「オクレの代償じゃ、しかたないね」「何をぼんやりしていたのか」
「時間を忘れるほど熱中することがあったのであろうか?」
などと退屈を紛らす話題にされていることも知らずに彼らは「ケヘッツ!ゲヘッツ!」を繰り返すのであった。

チョコレ−トのあまり好きでないかみさんは、昨夜のミス・ウェイトレスからいただいた高級チョコレ−トを
高見山関の親切な臨時ガイドのお礼として進呈したのである。
大きな身体と大きな顔のすべてを使って感謝されたような気がしたのである。
こぼれる様な眼から、サンキュ−ビブラ−トが放射されていたのであった。

カフルイ空港の昼である。
構内のレストランでなんぞ食おう、セルフサ−ビスのコ−ナ−に進入するが。
砂糖のたっぷりかかったド−ナツ的な食品が並んでいる。
これはたまりませんな!と良くみると。
ラ−メンやら稲荷寿司+海苔巻セットのようなものがあるではないか。
これらを買ってテ−ブルに付く、
ラ−メンはかつてのチキンラ−メン的ス−プにビ−フジャ−キ−と例によって頑固葱などの異国風味。
寿司パックはなんと「うまい米」「おいしい味」なのである。
(ハワイでのご飯は、これが最高の味という結果であった)

売店で「日本経済新聞」を見かけ購入する。
75セントである、5ドル25セントを出し、
4ドル50セントの釣銭を欲したが店員の兄ちゃんはキョトンとした顔である。
しばらく&しばしのタイミングの後、「マジック!」と言いながら4ドル50セントのお釣りを返してくれたのであった。
この後、現金取引ショップでのタイムトラブルに、かみさんは巻き込まれることになるのである。
釣銭も、現金の勘定も、コンピュ−タが処理をしてくれる便利なカ−ド社会をアメリカ人が求めるのは「むべなるかな」なのであろう、
と、オトーサンは納得するのであった。

空港の公衆電話から日本に初めて電話する。
KDDジャパンダイレクトの番号をプッシュし、オペレ−タにUCカ−ドを使う旨話す。
カ−ド番号、接続番号を伝え、カ−ドの本人性確認はカ−ド会社へ届出の電話番号なのである。「なるほど、なるほど。また一つ利口になったね、と感じつつ口座後払いの会話をするのであった」海底ケ−ブルでの通信はタイムラグもなく品質良好、耳に優しいコミュニケ−ションであった。

アロハ航空の小型ジェット機は、現地の子供だけの乗客や我々を乗せて「バス的」に舞い上がる。
スチュワ−デスの姉さんたちも、バスの車掌といっても過言でない風情である。
「アロ−ハ! 機内の注意事項は・・・*@§☆★○●◎・・・・◇◆□■△▲▼※・・・ マハロ!」なのである。
マハロ!の響きが非常に心地よく耳を打つ。オトーサンは、
「マハロ!」が気に入ってしまったのであった。「マハロ!」
ほどなく、オアフ島上空である。
有名なダイヤモンドヘッドの焦げ茶色の台地を右に見てワイキキの高層ホテルをかすめる様に田舎のバス的飛行機は、
ホノルル空港にひょいと着陸したのであった。

ちょっと古風で正しい日本語の案内でバスに乗る。
「かつては、ホノルル観光もセットされていて私の実入りも良かったんだけど、
今じゃ空港とホテルの間だけでしょ。
やってられないのよ!」といったニュアンスがにじみ出ている。

さて、「ヒルトン・ハワイアンビレッジにお泊まりの方はこちらよ」と促されて下車すると、
ホテルに付属したJTB事務所に引きづり込まれるように案内される。
部屋のキ−。注意事項。オプションツア−。
あれやこれやのオリエンテ−ションがかなり事務的に下げ渡される、のである。

「今夜の食事はどうするの?ネイティブな食事なんか止めなさい、何年住んでいても口に合わないものよ」
「日本食のおいしい店を紹介するわ」・・・・・・
口車とはこのことであったと、後に気づくのであった。

ヒルトン・ハワイアンビレッジは、タパタワ−、レインボ−タワ−、アリィタワ−などからなる、
ビッグリゾ−トホテルである。
商店街やら、たこ焼き屋台風ショップやらを抱えた、要するに「村」なのであろう。

我々の泊まる「松」的、アリィタワ−に行ったつもりが、
「梅」的タワ−の同号室の前で、カ−ドキ−で開かないドアとしばらく格闘してしまったのであった。
「ここは、私たちの部屋ですが・・・」「ぎょぎょ!パ−ドンミ−!」なのである。

「もとい!」過ちは修正されねばならない。
オ−シャンフロントの「松の間」に冷汗とともに飛び込んだのであった。

「ウェルカムドリンクをどうぞ!」だと、結構である。
グラスに氷をたっぷりと入れ、スパ−クリングミネラルウォ−タとやらを注ごうとするが、
栓抜きがどこにもない。
捜査令状が必要なほどくまなく探すが無いものはないのである。
やむなく、ドアキ−の凹部を使ってこじ開ける。
この手のサバイバルは得意なのだ、と威張る間もなく、炭酸であった、吹き出すことを失念していたのであった。

まぁ、出かける前に大事なものをしまいましょ。
部屋の電子式セフティボックスにパスポ−ト、現金などをしまいこみ、
日本語で書かれた説明書どうりにセットするが、ペケなのである。
具合いの悪いときには、担当の部署に電話をしろとある。「やれやれ!」なのである。

ほどなく、現れたセキュリティマンは腰に鍵をゴマンとぶら下げた制服姿の黒人職員であった。
なにやら特別なこともせず、セットし直すと使えるようになってしまったのである。んにゃ!。
(その後もときどき機嫌が悪くなる、不安なセフティボックスなのであった)

ホノルルはやはり海岸でリゾ−トせねばなるまい。
ビ−チサンダルやらゴムゾ−リなども調達せねばなるまい。
ちょいと、噂のABCストアなんぞも覗いてみる。
あるある!安物のオンパレ−ドの中から、適当なものをチョイスするのである。
娘たちなどへの土産のル−ジュなども、かみさんは買いまくるのであった。

ヒルトンホテルのプライベ−トビ−チを散歩し、
黄昏ていく夕焼けサンセットに「燃えるような恋人的夫婦」には若干の距離とタイミングをおいて、
私たちは空腹へのきざはしを昇っていくのであった。
「メシを食いにいこうか」「そうしましょ」なのである。

さて、JTBデスク「無理やり予約させられ的・和食処」に入店する。
別に予約せねばならぬ程混みあっているわけではない店内を、
帯の少々だらけさせた着物姿のウェ−トレスに案内される。
「え〜〜っと、でわ・でわっと、ロブスタ−定食(刺身と鬼殻焼き)にハワイアン刺身の盛り合わせ、といきますか。
それっと、何はなくともビ−ル・ビ−ルっと」。
なんとなく、元気の出ない雰囲気が伝わってくる「味彩」なのである。
それなりのロブスタ−と、中瓶のビ−ルを数本ぐびりつつ刺身をつまむのである。
ご飯は、かの「スチ−ムドライス」そのままに、ゴロンと茶碗に寝そべっているのであった。
片付けの早いところも日本的な「あゝ無情なり!追い出して南の夜」なのであった。

そぞろ歩く浜辺は、椰子の梢に月影がやさしいのである。
静かな雰囲気の領域は「米国海軍施設地域注意」なのであった。
Uタ−ンする公園に動物の影が走る。
ノラネコであった。尻尾の先が房状に太くヒゲが偉そうに張り出している。
眼付きも日本猫の数倍「意地悪く、刺とげしい」。
まさしく漫画のシルベスタ−様そのものである。
大の猫好き人間である、かみさんが「猫なで声」で近づく、「み〜〜ぃや!み〜〜ぃや!」。

もとより、やまと言葉を知るはずの無いシルビ−は、これまた憎たらしいほどの敏捷さで闇に消えていったのであった。

夜のテラス・バ−は蝋燭のゆらめきがロマンチックだ。
かみさんのお気に入りのノンアルコ−ルのチチとマイタイで乾杯である。
「ごらん、波間に月影が搖れているよ。明日は何を食おうか?」
満月夫婦の語らいは、風に乗ってラグ−ンに消えていくのであった。


■12月25日 珊瑚礁の彼方のサンセットクル−ズ

今日はクリスマス。ハワイでは「メリ−・カリキマカ」なのである。
日本的な馬鹿騒ぎはここにはない。厳粛な宗教行事であることが実感される。
ホノルル到着日の記念撮影引き換えを忘れていたね、と朝食を取りながら思い出す。
朝食は「コンチネンタル風」。
アリィタワ−客専用のセミオ−プンのラウンジで海を眺めながらのビュッフェ・スタイルである。

米の飯はないが、クロワッサンとコ−ヒ−に取り放題のトロピカルフル−ツをゆっくりと楽しむ。
雀のような子鳩のようなバ−ドがパン屑をついばみにやってくる。
「すっかりリゾ−トしているね、何年いてもいいね。俺は基本的に怠け者なんだね。
お金という奴はありがたいものだね」などとの原則的貧乏人の発想での朝食なのである。

さて、「栓抜き」を手配せねばならぬと、かみさんがメイドあてのレタ−をしたためる。
(ボトルオ−プナ−がございません、どうぞよろしく)なのである。

朝食後、徒歩でワイキキに向かう。胸を張って大股で歩く、気分はコスモポリタンなのである。
SAMURAI(ジムニ−)やSAIDEDECK(エクス−ド)といった、スズキの車が目につく。
むむむっ!SAIDEDECKはGEO社のTRACKERのまるでコピ−ではないか。
すてきなオリジナルと思っていたんだが残念である。
ワイキキのショッピングストリ−トはそれでもハワイ的クリスマス装飾が華やかである。
13ドルで写真を取り替える、額縁入りは要らないか?などと商売熱心ではあるがお断りする。

さて、恥ずかしながらの買物をすることに決め、キングス・ビレッジに向かう。
英国調の建物にイギリス商品を詰め込んだショッピングビルである。
「日本は冬だもんね!長年欲しかったモノを買うのに、なんの遠慮がいるものか」と、
ビル内のバ−バリ−ショップに突入したのである。
(内心、忸怩たるものがオトーサンのこころに溢れていたのだが・・・)
ハワイ現地では絶対に不要であろう、トレンチコ−トをペアで。
娘たちのためにハンドバッグを一つづつ。買ったのであった。(しかし、安い)
同じデザインで、サイズも小さいながら婦人用の方が少々高いのも、私には救いですよ・・・などと、
札幌出身ハワイ大学留学中の店員嬢に語りつつサインを済ませ大袋を抱えてホテルに戻ったのである。
雪の日本で役に立つであろうコ−トは、日本では未発売のニュ−デザインなのだぞ!と語る夫婦の根っこは、
ただのミ−ハ−なのでもあった。

昼下がりのビ−チに白いデッキチェアがよく似合う。
前歯の抜けたネイティブの貸し椅子屋の発音は、二つ8ドルのつもりが一つ8ドルだと言い張るのである。
まぁ、いいだろうと8ドルを支払いビ−チに寝そべる。
強烈な紫外線を浴びるには皮膚年齢が高すぎる、コパト−ンの香りにふと、青春の1ペ−ジを思い出す。

「あのころ、君は若かったね」「なにさ、くそじじい!」
「それは、ないだろうが、ババア!」・・・愛情の表現も腹の太さに比例して豊かになるのだ。

濃いサングラスを通して辺りをウォチングする。
しかし、他国の方々は見事に太いね、安心してしまったら「着るものがなくなるぜ!みゅみゅみゅ」
トドや鯨や象やらが風に吹かれてうららかな景色である。

せっかくの海だから泳いでみようか、と海に入る。
波の感触、足元をくすぐる砂の感触が妙に懐かしい。
そういえば、最後に海に入ったのは何時のことだっけ。
娘たちが中学生だったあの夏が最後であったろうか・・・
息継ぎもぎごちなく沖に向かうのである・・・塩味の加減は特段変わりはないようである、
世界共通海の味なのか、太平洋と大西洋は違うかも知れない・・・
海の水の味まで気になる食いしん坊万歳なのだ。

全身の筋肉の動きはバラバラであっても前に進むが、それにしても苦しい。
背泳のスタイルで空を見る。青い空だ、はあはあ!。
太陽がギラギラだ、ハアハア!。
呼吸を整える顔の上を波が通り過ぎる、げへっつ!。
なんとか、環礁の縁にたどり着く、「いててて!」珊瑚礁はギザギザイテテ体なのである。
いてての不安定フォ−ムに、ど〜んとさ〜ふぃんうぇ〜ぶが襲いかかる。
たちまちに「あびせたおし」で負けてしまったのである。

ゆるゆると浜辺に戻る、近眼裸眼にはかみさんの所在地が定かではないが、
帰巣本能パワ−オン!で発見し、デッキチェアを貸していただいたのであった。
たゆとう波のごとく、大福筋を上下させて「もう、泳ぐのは止めた!」と反省の時を過ごすのであった。

コルシカ・マフィアの下っ端風のおっさんのカップルが、ご近所を行きつ戻りつしつつ愛のパフォ−マンスである。
トド的日光浴中のオバンを無理やり起こしては、カメラのシャッタ−を押させている。
カメラの前では眼鏡を外し、かみさんと腕を組んではニッコリしつつ上半身逆三角形を強調のポ−ズである。
なんと、10m歩いては寝ている象や鯨を起こして同じことを繰り返しているのだ。
う〜みゅ、世界は広い。自分たちの幸せを世界中が祝福するものだと考えている人もいるんだねぇ。
うぉっと!また、やってるぜ。なんともハッピイな心地に飲み込まれてしまったのであった。

ランチタイムはどうするっと。ビレッジ内をぶらりんこする。
「ら〜めん」などという赤い旗を見ると「食ってみようか」とならざるを得ない悲しい習性から「花十番」の客になる。久々のラ−メン、餃子は、「まぁまぁ、いけるんでないかい!」「はふはふ、じゅるじゅる!」の満足、満腹作戦であったのだ。

さて、夕方からは『デラックス・サンセットクル−ズ』を申し込んであるのであった。
JTBデスクから、ぞろぞろとバスに乗り込みホノルル港に向かう。
ホノルル港は何の変哲もロマンもない港である。
ど〜んと停泊中の「スタ−オブホノルル号」に乗船する。
やたら、ぞろぞろと、ほとんど日本人の集団である。
決められたテ−ブルに着席する。

一人3杯の飲物チケット以外は、お決まりの料理が運ばれるらしい。
例によって「チチ」と「シ−バスリ−ガル」をオ−ダし料理を待つ。
やたら、ぎっしりと詰め込まれてまるでオイルサ−デンの缶詰ではないかい。
昨日に比べると、西空の低いところに雲が厚い。サンセットは期待できないね。
などと、語り合っているうちに料理の数々が運ばれてくる。

担当のウェイトレスは気は優しくて力持ち、身体も微笑みもビッグな女性である。
「あらよっ!」てな、感じで大皿を両手に数枚づつ運んでくる。
ス−プ、サラダ、ステ−キと一応はコ−スになっている。
「しかし、なんだねぇ、ステ−キの肉も大味だけど、このブラウンソ−スはひどいねぇ。
奥の手を出そうか」と、キッコ−マンの小袋に助けを求めたのであった。

隣席の京都は伏見のOL二人組が目ざとく「それって、なになに?」的眼差しで興味深げである。
ソイソ−スの効能を百倍に語りつつ試用を促す。
関西人にステ−キ醤油じゃぼ掛け風味を中毒化せしめるのは無上の喜びである。
「いけるなぁ、これ!」でしょう・でしょう(ムヒヒヒ!なのである)。

サンセットは情けなくも黒い雲の間に間にちんまりと赤いのである。
 
ビッグウェイトレス嬢が、大汗をかきつつロブスタ−の配達を始める。
確かにでかい!味はどうか!案の定、大味である。
京都伏見のOL二人組は、アルコ−ルの回った赤い顔をさらに血相を変えて武者ぶりついている。
胸肉から足の先までちゅうちゅうじゅるじゅるなのである。
「美味しそうですね!」「男はんには見せられませんは!」ははは、私はすでに男のらち外にあるらしい。

バンド演奏やら、ボ−カルも賑やかに雰囲気を無理槍盛り上げんと欲している。
一緒に歌えの、踊れのと、阿鼻叫喚の巷的状況になってしまったのであった。
えぇい!「郷に入らば郷に従え!」半ばやけくそのパフォ−マンスに夜は更けていくのであった。

「僻易」的、疲労感に包まれて下船する。
バスでホテルに戻りアリィタワ−二向かう。
なんと、懐かしのハワイアン・ミュ−ジックが聞こえてくるではないか。
ハワイに来て初めての音色である。あぁ!青春のスチ−ルギタ−ではないか。
広場の一角にショ−の席が設けられている。着席し、マイタイと7UPをオ−ダする。
麗しの優しいメロディに、拍手、拍手なのである。
「ハワイアン・ウェディングソング」「小さな橋の下で」「珊瑚礁の彼方」・・・・・
これが、ハワイなんだよ。うん!。
かみさんの冷たい視線を左目に感じつつ、マイタイのお代わりとフラダンスに酔いしれていくのであった。

部屋に戻ると冷蔵庫の上にメイドからの返信がある。
(ボトルオ−プナ−は私の管轄ではありません!ル−ムサ−ビスに申しつけて下さい。メイドより)


■12月26日 トラトラトラ 真珠湾突撃!&中華大戦争

早起きの朝である。いつもの朝食もそこそこに、JTBデスクに集合である。
本日のオプショナルツア−は「真珠湾クル−ズ」である。
なんと、乗船したのは昨夜と同じ、「スタ−オブホノルル号」であった。

晴天のホノルル港を静かに出港する。
沖合いに出ると、さすがにハワイの海である。透明度の高い波静かな朝の海をすべるようにクル−ジングする。
「専用のラウンジに朝食の用意が整ってますよ」の放送に、
フル−ツだけでもいただこうか!と、言いつつ二度目の朝食を人一倍「いただいてしまった」夫婦なのであった。

船首を右手に取って、真珠湾へ進入する。
デッキからの眺めは極めて「観光旅行」そのものである。
船上のスピ−カからの英日交互の解説は、徐々に激しく高まる。
「反省せよ!日本人」「卑怯者!」といったフレ−ズの行進が延延と続く中、
アリゾナ記念館前をUタ−ンし帰路に向かうのであった。

美しい島を、土地を、二度と戦火にさらしてはならないのはどこの国でも一緒だよね。
それにしても、平和あっての海外旅行だもんなぁ。
デッキには、様々な国籍の人々が、それぞれに写真を撮ったり、風景を眺めたりしている。
「これでいいんだよね」沈黙の夫婦に陽光がきらめき、
見慣れたホノルルの風景とダイヤモンドヘッドのカルメ焼き的存在が近づいてくるのであった。

ハワイ到着日に空港で撮った、フラ嬢とのウェルカム・ピクチャ−を引き替えねばならぬ。
と、再度ワイキキに向かう。バスに乗るのも面倒だと歩いてしまう。
歩く高さと、歩く速度からの街は結構人間臭さが感じられておもしろいものである。
奇声を発しながらバイクで走り抜ける、若(バカ)者は世界共通事例その一なんだねぇ。
軽三輪のパトカ−に乗った婦人警官の凛凛しさは日本警察も見習わなくっちゃ・・・
などと語らいつつのウォ−キングなのである。

コニカショップで写真引き換えし、ついでにレンズ付きフィルムを買い足す。
「カメラはちゃんとしたポケットカメラを持参すべきだったねぇ」
「通常の危機管理意識さえ持っていれば、さほどの心配は要らなかったんではないかい」
「今度は持ってくることにしましょ。この空気や風をきれいに写し残せたら最高だよね」などとも感じたのであった。
しかしながら、「渡る世間に鬼は無くとも、人を見たら泥棒と思え」なのである。

ガイドブックに出ていた、イタリアンレストラン「スパゲティスパゲティ」でランチする。
スパゲティ食べ放題コ−スにチャレンジするが、「パスタは柔らかいわ」「ソ−スはまずいわ」で、良いところが無い。付け合せのサラダも取り放題ではあるが、「人参半生」「もやしは生」で、こちらはやたら「顎力」を要するのである。
ししとうのピクルスが日本の漬物的で妙に懐かしい味わいである。
野菜クリ−ムソ−スに例によってキッコ−マンの小袋が大きな効果を発揮したランチなのであった。

噂に高い「アラモアナ・ショッピングセンタ−」も覗きにいってみようか。と出かける。
産能大学マ−ケティングスク−ル・**ゼミでの講義をふと思い出す。
「アメリカでは巨大なショッピングセンタ−が商業界の主力となっている・・・」
私は、リゾ−トしながらも勉強する真面目人間なのである。
世界最大?と言われるだけあって、とにかくビッグである。
娘たちへのおみやげなどを見繕いながら、品物と人種の混然となった坩堝に奇妙な興奮と疲労感をおぼえるのであった。

1Fのファ−ストフ−ズスクェアの一角でソフトクリ−ムの行列にかみさんが並んだ。
日本人的感覚では、ものの3分位で手に入りそうな長さであるが、一向に戻ってこない。
20分近い時間を費やし、怒りに顔を引きつらせたかみさんの言によると「とにかく手が遅い」
「とてつもなく釣銭の計算が遅い」のだそうである。
これが世界標準なのか、日本人がせっかち過ぎるのか・・・怒り心頭は身体に悪い!のは事実なのである。
道路を横断しアラモアナ公園の芝生に座り込んでひと休みする。
やたら、空気の多いソフトクリ−ムがカップの底から漏れ出して、
手と口の周りをべたべた状況にしたかみさんの周囲に、
ハワイ尾長雀鳩(と名付けた)が群れなしてノソノソと歩き回るのも珍妙な光景なのである。

ハワイ最後の夜を、オアフ島一番のチャイニ−ズ・レストランと言われている、
「ゴ−ルデン・ドラゴン」で過ごすことにし電話で予約を済ませる。
シャワ−を浴び、着替える。
いつの間にか、バスタブの栓が壊れ浴槽に浸かることができないのだ。
何かの本で海外旅行にはゴルフボ−ルが必需品だと書いてあるのを読んだことが思い出される。
(こんな時に使うのか・・・なるほど、う〜みゅ)
いつのまにか、ムウムウとアロハのスタイルも板についてきた、蒲鉾夫婦である。

黄昏ちかいビ−チサイド・バ−で、例によって「チチ」と「マイタイ」で時を遊ぶ。
椰子の梢に一番星が見え始める頃、海を金色に輝かせてサンセット・ショ−の開始なのである。
風が変わり時が流れる。ラムの香りとけだるい酔いが南国の夕暮れに溶け込んでいくのだ。

空と風 紅き金色 椰子の黒文字
ラム熱く 瞳に燃えし ハワイの黄昏

さて、頃はよし!と、金龍菜館・ゴ−ルデン・ドラゴンに出撃である。
金色の龍のモニュメントを横目にして案内を乞う。
奥の静かなテ−ブルに案内される、オ−プンエア−の気持ちよいコ−ナ−である。
暮れなずむハワイの夜はロマンチックだ。

オ−ドブルのくらげから、フカ鰭ス−プ、ポ−クとパインの酢豚風炒めもの、
ロブスタ−のチリソ−ス、ハワイのマ−ボ豆腐は如何にとオ−ダする。
飲物はアルコ−ル抜きのチチ&紹興酒ハ−フボトルを氷でいただく。

オードブルの次はスープがサ−ブされてくる。
「中華料理のス−プの順番が日本と違うけどどっちが本式なんだい?」
「香港や北京でもス−プが先に出るからこっちが本式でござりまする」
ハワイで生まれ育ったような、中国人ウェイタ−の言は信用できそうもないが、
和食やフランス料理のスタイルに合わせてしまう中華の心が「凄い!」と感じたのであった。

「お客様は日本の方でしたか、お召しものが板に着いておられるのでハワイの方かと思いましたよ」
などと、妙なお世辞に急激な酔いが回ってくるのであった。
デザ−トの杏仁豆腐で食事を〆め、満腹幸福紹興酒で店を出る。

入口のドラゴン前で記念写真でも撮ろうかと店内のウェ−タ−にシャッタ−をお願いする。
かなりの不満を表情に丸出しである。
ならば、奥の手「1ドル札」を握らせる。
うぉっと!「君子豹変」「凡児大変」顔中が満面の笑み笑み、揉み手の商人に変身である。

「そこもいいですが、こちらでも撮りましょう」
「今度は奥様はこちらに掛けたらいかがです」
「はい!旦那様笑って下さい」「もう一枚いかがです」・・・

なんとも、いやはや、それにしても、「変わり過ぎ」だねぇ。

最後の夜も、珍なる思い出を追加して無事に終わった。
あれやこれや、機内で必要なものは、ああだこうだと、
意見の不一致をファジ−に梱包しつつ帰路の荷物をチェックし、ベッドに潜り込むのであった。


■12月27日(月)は12月28日(火) 再びの難民から夕焼けの日本へ

午前6時ベッドサイドの目覚しで起床する。
6時30分、係員のバッケ−ジの引き取りに「大丈夫かなぁ」と思いつつ、手荷物を除き、お預けする。
最後の朝食をいつものラウンジで楽しむ。
「何がなんでも朝食は、絶対ご飯党」を自認していた私でも
クロワッサン&コ−ヒ−+トロピカルフル−ツで平気になってしまったのは何故なのだろうか?
やはり、土地の風土環境に肉体が同期するものなのであろうか。
単にナレルギ−体質なだけなのか、はたまた肉体にも節操がないのであろうか?などと考えてしまうのであった。

トロピカルファッションのウェ−トレス嬢が雪だるま的マンガを描いた紙ナプキンを持ってやって来、
「1月に私の姉が日本に行くのだが、これはどこに行ったら手に入れることができるのであろうか?」
というクエスチョンなのであった。
「う−みゅ!なんだこれはコケシではないかい。
ジャパニ−ズ、トラデッショナル・ウッディド−ルなのである」
土湯系・弥二郎系などのうんちくを混ぜながら、本格的なコケシ入手方法を懇切丁寧に伝授し、
国際親善にお役に立てた?のである。

8時に例によって、JTBデスクに集合しバスで空港に向かう。
免税のウィスキ−等を土産の追加とし搭乗手続きをする。
かみさんは、またもや「手と頭の遅い」店員様によって、ハ−ゲンダッツのクリ−ムを食べ損なったのであった。

10時30分ホノルル発JL073便は、見事に快晴の大空に舞い上がり日本を目指し飛行するのであった。
機内は、相変わらずの子連れぎゃぁぎゃぁと、隣席は小生意気な新聞大広げOL風、
肩や肘を突き出すわ、ジャリは走り回るわ、JALはとってもたまらん難民船状況の再現なのであった。

しかしながら、眼下の海、綿毛のような雲、輝く太陽につつまれた海原は、まさしく太平洋であり、
水平線まで光輝く世界なのである。

だらしない乗客どもの姿を見るにつけ、日本人が国際社会の中で嫌われる理由を考えさせられるのである。
ほんの少々ではあったけど体験した外国は、すれ違う時にもスマイルと
「モ−ニン」「エクスキュ−ズミ−」「エンジョイしているか」「エンジョイしてくれ」
「アイムソ−リィ」といった意志の表明や、納得するまでの話合い。
そして、人間同士のそれぞれの遠慮深さやジェントルな態度を取り続けるのは、
一面、肩が凝りはしないでもないけれど、心地よい緊張感と相互に干渉しない状況づくりで得られる雰囲気は素晴らしいな、
としみじみ思うのであった。

一方では、すべて紙に書かれたもので確認する契約社会であり、確固たる階級社会でもあるようだ。
街もホテルもビ−チも、金を払って得られる心地よさのために、深夜、早朝の水撒きや清掃が行われ、
すべての作業に道具があり、人種や能力?に応じた仕事ぶりと生活があるのだろう。

人の生活の匂いは、ホテルや安全な街には薄く、ダウンタウンに行かないと本当のところはわからないんだろうね。
今度から少しづつ接触面を深めていきたいもんだね、
それにはコミュニケ−ション・ツ−ルとしての言葉が最低条件なんだなぁ!う〜みゅ!
と、オト−サンは感じいってしまうのであった。 マハロ!

きつい・せまい・くるしい、時が流れ、ジャンボは日本国領空である。
房総半島九十九里浜から成田空港に進入しゴッツンと着地する。
やれやれ、終わった!!

税関もただ通過するだけのあっけなさで、荷物も無事に受け取ることができた。
車を預けた、USAパ−キング社に電話しデリカ婆さんの到着を待つ。
洗車付き一週間八千円也を支払い、久々のハンドルを握り家路に向かうのである。
利根川沿いに西進する、夕陽が正面にまぶしい。
ハワイのサンセットとは、ひと味もふた味も違う、「わび」と「さび」に満ち満ちた「夕焼け」なのである。
懐かしさと哀しみの「血色したゆふぐれ」なのである。

川風に 夕陽の紅く ちぎれたり
洋行の 帰路に香るや 焼き魚

国道6号線に入り利根川を渡る。
「取手の米寿司に寄っていかない」かみさんの言葉にオト−サンは無言で頷くのであった。

まはろ!